第26話 変化

 翌日、登校するとなぜか注目を浴びた。クラスメイトからの好奇な視線がちくちくと突き刺さる。

 

 いつも以上に集まる視線。嫌な予感がする。


 既視感。中学の時のあの出来事の始まりもこんな感じだった。背中を撫でる気持ち悪い悪寒は、自分の勘が正しいことを告げている。


 表情に不安を出さないように、いつもの笑みを意識する。何百回も繰り返された愛想笑いは、半分無意識に浮かぶ。


 とりあえず、昨日決めたことをやらないと。


 まだ決まったわけではない。嫌な予感は無視して、昨日すれ違った服装班の一人の元に寄る。


「一条くん。おはよー」


「おはよう、東さん。ちょっといい?」


「うん、どうしたの?」


「服装のことなんだけど、舞が提案した服の件で、やっぱりあれ、八代さん一人だと厳しいっぽいんだよね。それで、服装班の人も手伝ってあげてくれないかな?」


「えっと……」


 東さんは僅かに目を伏せて、それから眉を下げつつもう一度視線を上げる。


「うーん、厳しいかな。私も含めて服装班みんなで一杯一杯だし。それに八代さん、まだ余裕があるんじゃないの?」


「……どういうこと?」


 悪びれた様子もなく、当然のように口にした言葉。その言葉がぐさりと突き刺さる。


「一条くんと八代さん、この前の日曜日一緒にお出かけしたんでしょ? 昨日の夜から噂になってるよ」


 ああ、やっぱりそうか。東さんの発言は意外でもなんでもなく、すんなり腑に落ちた。

 今朝から囲まれている視線たち。以前にもあった経験から、そうではないかと予想していた。


「それで休日に出かける余裕があるのに、大変なふりしてるって聞いたよ?」


「誰だよ、そんなこと言ってたの」


 もはや絶句するしかない。


 余裕がある? ふざけるな。あんな必死にやっているのに、そんな余裕とかあるわけがない。


 毎日放課後遅くまで残って頑張っていること。それは俺が一番知っている。それなのにどうしてそんなことを言えるんだ。

 

 誰が言い出したのか。おおよそ予想は出来ている。頭に浮かんだ彼女に歯軋りすると、後ろから本人が現れた。


「私だよ。言ったの」


「舞……」


 金色の髪を揺らめかせ、目を惹く容姿で俺の前に立つ。


「蓮、日曜日駅前で二人で遊んでたんでしょ?」


「出かけてはいたけど、別にそういう関係じゃない。ただお礼としてだけだよ」

 

「ふーん。だとしてもやっぱり出かける余裕はあるんだし、八代さん大変じゃないと思うなー。蓮が騙されてるんだよ」


 髪の毛を弄りながら、その毛先を見つめる舞。そこの登校してきた八代さんが通りかかった。


「あ、八代さん」


「神楽坂さん。どうかしましたか?」


「前に頼んだ衣装のことだけど、別に一人で大丈夫でしょ? なんか蓮が凄く心配しているみたいなんだけど」


「はい。大丈夫です。私一人で出来ますから問題ありません」


「そっか。じゃあ、よろしくね」


 止めていた足を動かして去っていく八代さん。どう考えても強がっているだろうに。

 去っていった八代さんを見送って舞はこっちを向いた。


「ほらね。だから蓮は心配しすぎなんだって」


「……」


 八代さん本人が一人でやれると言ってしまった以上、俺が言えることは何もない。


 にっこり微笑む舞に押し黙るしかなかった。





 


 


 


 

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