第25話 不安
八代さんとお出かけするイベントを終え、3日が経った。あれから、彼女とはほとんど話していない。
以前に彼女自身が話していたように、服作成の作業によって、放課後俺の家を訪れることはなくなった。
元々その時ぐらいしか話すことはなかったので、それが無くなった以上話す機会は現れるはずがない。
文化祭の作業自体は今のところ問題なく進んでいる。
八代さんが管理してくれているおかげで、クラスの皆はそれに従って行っているだけでいい。
たまに起こるイレギュラーなトラブルも八代さんの指示のもと、上手く都合を合わせて進んでいる。
「壁はこんな感じでいい?」
「うん、いいんじゃない? 可愛い可愛い」
壁の装飾を担当していた女子たちが頷いている。
そんな彼女たちに別の女の子が声をかけた。
「ねえ、八代さん知らない?聞きたいことがあるんだけど」
「八代さんなら確か被服室で作業してるはずだよ」
それを聞いて尋ねた女の子は教室を出て行く。
最近は八代さんはずっと被服室で作業をしている。他の服装班の人たちもいるはずだ。
以前は、遅れている班の作業を手伝ったり、書類関係の事務作業をしていたりと様々な作業をしていたのだが、今は服装にほとんど集中している。
それだけ作業が大変なのだろう。
教室の外へと消えて行った女子をつい見送り、八代さんの心配をしてしまう。
自分がしたことがどれほどのことだったのか、それが胸の内で燻った。
「蓮ー? 何みてるの?」
「いや、なんでもないよ。舞、どうかした?」
振り返ると、色の抜けた黄金色の髪を揺らして、気の強そうな瞳が不思議そうにこちらを向いている。
その愛らしい表情の裏に何を隠しているのか。
浮かんだ後悔を沈めて、いつもの笑みを被る。
「もう授業の時間終わったから、一緒に帰ろうと思って」
「……みんなも?」
「もちろん! せっかくだしどこか寄ってかない?」
舞の後ろでは既に悠真が帰りの準備を終えている。
ちらっと教室全体に視線を動かせば、芽衣達も用意を進めていた。
「文化祭の準備やらなくていいのか?」
「えー、だってめんどくさいし。それに本番で色々やらなきゃいけないじゃん」
髪をくるくると人差し指で巻きながら、たまらなそうに呟く舞。
「まあ、そうか。でも、悪い。この後少し用事あるから、俺行けないわ」
「えー、なに? 最近、蓮全然放課後一緒に遊ばないじゃん」
「いや、普通に先生に呼ばれてるから。悪いな」
「ふーん。なら、しょうがないか。今度こそ絶対だよ?」
「ああ、分かったよ」
笑み浮かべて頷けば、舞は満足に微笑んだ。
芽衣達も集まってくると「じゃあねー」とそれぞれと手を振って別れる。
時計を見れば、放課後になってからかなり時間が経っている。
教室で作業していた他の人たちも、余裕を持って作業が進んでいることで、大体の人は帰っていた。
教室を出て被覆室へと向かう。途中で服装班の女の子たちとすれ違った。三人の女の子達が目を丸くする。
「あれ? 一条くん」
「あ、まだ八代さんって被服室にいる?」
「多分……。私たちが出てくる時も作業していたから」
「そう。ありがとう」
「八代さんに何か用事?」
「うん。ちょっと文化祭のことで聞きたいことがあってさ」
曖昧に誤魔化して別れる。妙な噂を立てられてはたまらない。
本当なら学校では関わらない方がいいのだろうが、放っておくことも出来ず、被服室に向かった。
被服室の扉を開けると、ミシンを使って服を縫っている八代さんの後ろ姿が目に入ってくる。
一定のリズムを刻む機械音が部屋内に響く。
「八代さん。手伝いに来た」
「あ、一条さん。別に大丈夫と言ったはずですが」
「いや、手伝わせてよ」
机の上には、沢山の布の束が散らばっている。まだまだ作業は残っているようで、終わりは全然見えない。
八代さんの視線を無視して、近くにあったまだ切られていない布を手に取り、座った。
もう慣れたもので、それを引かれた線に従って切っていく。
作業を始めると、八代さんは何も言うことはなく、ため息だけ吐いてミシンの作業に戻った。
被服室で放課後作業していることに気付いてから、ここで毎日八代さんの手伝いをしている。
初日こそ断られたが、しつこく手伝いを願い出たら手伝わせてもらえることになった。
この作業を八代さんがやることになった一因は俺にある。
舞の提案を下げさせることが出来たのは俺だけなのに、それをしなかった。
あの時は、それが最良の選択だと思っていた。いや、単に流されるままでいただけなのかもしれない。
自分がしたこと。その影響は八代さんへの負担となって今、目の前に突きつけられている。
僅かに目元に現れた隈。いつも以上に覇気のない顔。疲れが顔に現れている。
「コホッ」
ミシンで縫っていた八代さんが軽く口元を押さえた。
自分の選択した愚かさが沸々と胸の内に湧き上がる。
「……なあ、今からでもやっぱりなしにしてもらった方がいいんじゃないか?」
無理している姿をこれ以上見ていられなかった。
だが、八代さんはミシンの作業を止めることなく、淡々と言葉を零す。
「嫌です。一度引き受けておいて今更無理なんて、なんだか負けたみたいじゃないですか。それに、色んな衣装があった方が見栄えがいいのは事実ですから」
「だからって……」
「今回の文化祭のクラスの出し物は絶対成功させたいんです。最初引き受けた時は面倒って思いましたけど、意外とやってみると楽しいですし、何よりみんなが楽しんでもらえるのが嬉しいんです。私の勝手ですけど」
表情こそ変わらないが、その語り口調はほのかに柔らかい。彼女の温かい優しさが滲んでいる。
そんな表情を見せられれば何もいえない。八代さん自身が望んでいるのなら、尚更だ。
「……そうか。でも、これを二人では厳しいと思うぞ。せめて服装班の他の人にも頼んでみるとか……」
今のままでは現実問題厳しい。既にかなり無理をしている今でさえ、進捗は芳しくないのだから。
布を切る方はともかくとして縫うのはかなり技術がいる。素人の俺では手を貸せない。
他のミシンを扱える人に手伝ってもらわない限り終わらないだろう。
俺の提案に八代さんはミシンの止めてこちらを見た。
諦めで表情を陰らせたまま、小さく息を吐く。
「……私の手伝いをしてくれる人がクラスにいるわけがないでしょう? クラスでの私の立場を忘れたんですか?」
どこか自嘲するような笑みを浮かべて、またミシンで縫い始める。ミシンの機械音だけやけに大きく響く。
「じゃあ、俺が頼んでくる」
あの時、舞の提案を拒否できたのは俺だけだ。それをしなかった結果がこれ。それは分かっている。
だから、できるだけのことはしておきたい。
八代さんは反対も何も言うことなく、ミシンを縫っていた。
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