第24話 照れ隠し

 猫カフェを出たところで、一度伸びをする。


「んー、はぁ。楽しかったな」


「……そうですね」


 八代さんはジト目でこちらを見る。まださっきのことを不満に思っているらしい。


「いいです。わたしにはココアちゃんがいますから。沢山の猫に好かれたからって調子に乗らないでください」


 澄まし顔で気にしてない風を装っているが、悔しさが言葉の端々に滲み出ている。

 普段の仕返しのつもりだったのだが、想像以上に効いたらしいりつい何度目か分からない苦笑いが溢れ出た。


「これからどうする? もう帰るか?」


 左手に着けた腕時計を見れば、夕方4時。少し早い気はするが、いい頃合いだろう。

 八代さんも同じ意見のようで、自身の腕時計を見て軽く頷いた。


「そうですね。時間的にもいい頃合いですし、帰りましょうか」


「一応送ってくよ」


「送ってもらったからって家にあげませんよ? 襲われたら困りますから」


「そんなことする気もないっての。八代さんの中での俺はどうなってる?」


 まったく、相変わらず俺の扱いが酷い。まあ、今回は十分仕返し出来たから、黙って受け止めておくとしよう。


「それならいいです。では、お願いしますね」


「おう……」


 意外と素直だな。少しだけ断られなかったことに驚きつつも、内心に留めた。


 来た時と同様に、今度はエスカレーターで下りていく。上りの時とは違い、八代さんは落ち着いているみたいだ。


 猫たちを沢山眺められたことに満足しているようで、微妙に口角が上がっている。

 大した変化ではないのだろうが、猫カフェは楽しんだらしい。


 行きは猫カフェに向かうことに夢中で気付かなかったが、帰りになると色んな店が並んでいるのが視界によく映る。

 女性向けの服飾品や、子供向けのおもちゃ売り場。あるいはスーツやジャケットなどの大人の人向けのお店まで。

 色んな店がそれぞれの階に並んでいるのを見ながら下りていく。


 一階まで下りて、あとは出口に向かうのみ。そんな時だった。


 一つのお店の前に置かれていた看板が目に止まった。


 黒のボートの上に書かれた白い線の猫の絵。可愛らしく歩く姿が描かれている。


 お店の方に目を向けると、どうやらアイスクリームのお店らしい。

 看板には期間限定メニューの猫型のアイスについて書かれている。


 隣の八代さんの足が止まった。どうやら同じ看板を見ているらしい。

 じっと見つめ、内容を理解すると、きらきらと目が輝き始める。


「い、一条さん。あれ行きましょう。あれ、食べたいです」


 袖をくいくいと引っ張って、上目遣いにこっちを見上げてくる。


「なんとなく食べたくなりそうだなとは思ったけど、本当に食べたくなるとは……」


「いいじゃないですか! 猫のアイスですよ! 猫好きとしてこれは食べないわけにはいきません」


「猫好きなのに猫を食べることになるんだが?」


「……何か言いましたか? さあ、行きますよ」


「……はいよ」


 随分と都合のいい耳だ。絶対聞こえないふりをしているに違いない。八代さんの猫好きには慣れたものだと思っていたが、呆れずにはいられなかった。


 お店に入ると、軽く座って食べるところがいくつかあるのみで、かなり小さい。

 まあ、アイスを食べるだけなら十分だろう。


 八代さんは早速とばかりにいくつものアイスが入っているショーケースを見た。

 だが、目的の品はないようで、きょろきょろと首を振った。


「こっちだぞ」


 レジ前に置かれたメニュー表を指さす。八代さんは隣に来て吟味し始めた。


 どうやら猫の形というのはトッピングで作るものらしい。今回はバニラアイスの白猫とチョコアイスの黒猫の2種類が用意されていた。


「どっちにしましょう」


 八代さんは綺麗な瞳でじっと二つの猫アイスの写真を見つめる。

 赤い唇に細い指先を当てながら、うーんと何度も唸る。少し経って顔を上げた。

 

「決めました。白猫の方を一つお願いします」


「……俺は黒猫の方で」


 レジの人に伝え、会計を済ませて横にずれて待つ。

 目の前で作っているのを眺めていると、八代さんが微妙に口角を上げてからかう笑みを浮かべた。


「一条さんも結局、黒猫のアイスを選んだんですね。まったく、やっぱり猫好きじゃないですか」


 布教に成功したとでも思っているのだろう。微妙に得意げなのが少し腹立たしい。

 ただ、黒猫を選んだ本当の理由を伝えるのもなんか嫌なので、仕方なく「はいはい」と頷いた。


「お待たせしましたー」


 店員さんからそれぞれアイスを受け取って空いていたベンチに座る。

 手に持つアイスは、耳をチョコで再現されていて、クリームで顔が描かれている。


 八代さんは何度かアイスを写真におさめて、それから食べ始めた。


 少し早い躊躇するものと思っていたが、意外にも遠慮なく食べている。

 既に片耳はなく、頭もてっぺんの方が凹んで大惨事だ。猫好きなのにそれでいいのか?


 味の方は満足しているようで、へにゃりと目を細めながら幸せそうに味わっている。

 ゆるりと緩んだ頰に上がった口角。僅かににやけながら食べる八代さんの姿はとても可愛らしい。


 自分も一口食べてみたが、チョコの方もコクがあって甘いだけじゃないカカオの苦味が程よく残り、ちょうど良く食べやすい。

 つい、何度も口に運んでしまう。


 八代さんが半分ほど食べ進めたところで、スプーンを止めた。


「一条さん。こっちのをあげますので、そちらのも食べさせてください」


「ああ、いいぞ」


 予想通り、チョコの方も気になったようで、俺のお節介も役に立ったみたいだ。


 八代さんは、スプーンで彼女自身が持つバニラアイスを一口掬うと、こっちの口元に差し出してきた。


「はい、どうぞ?」


「え? い、いや、自分で取るから……」


 あまりに不意打ちすぎた。しどろもどろになりながら、なんとか言葉を吐き出す。


 八代さんは目をぱちくりとさせて、それから一気に顔を赤くした。


「え、あ、あの……」


 普段の当時のような白い頰は、上気して赤みが強く差している。

 髪の間がのぞいている耳たぶが茜色に染まっていた。

 瞳を左右に揺らしながらゆっくりとスプーンを引っ込める。


 分かりやすいほどの動揺。あまりに無意識だったのだろう。

 今日は猫のことがたくさんあったので、そっちの方面の警戒が薄れているのは感じていた。

 

 警戒されなくなること自体は嬉しいが、こういうことは勘弁してほしい。僅かに熱くなった自分の頰を冷ますように、息を吐いた。


「分かってる。その照れてる反応を見れば分かるから」


「て、照れてません!」


「いや、それは流石に……」


 ばればれな嘘にも程がある。そんなに顔を真っ赤にして照れていないわけがないだろう。


 だが、八代さんは素直に認める気がないみたいだ。


 手に持っていたスプーンをアイスに戻す。そして一口頬張りながら、つらつらと言葉を並べ始めた。


「こ、これは私の計画だったんです。一条さんが私のことを意識していないか確認するために行ったことだったんです。不意打ちであーんを仕掛けて動揺しなければ確かに私を異性としていないと確かめることができる完璧な作戦だったんです」


 いつになく饒舌だ。言っていることは一理あるのだが、今回に関しては無理があるだろう。

 現に説明している八代さんの頰は真っ赤に染まったままだ。

 自分から仕掛けてこうはならないだろう。もし本当なら自爆すぎる。


「結果は、やはり一条さんも男ということでしたね。まったく、あーんを仕掛けた時の一条さん。顔を赤くしてましたよ?」


「いや、そりゃあ、不意打ちを喰らえば動揺ぐらいはするだろ」


 中身こそ残念少女だが、見た目は一級品だ。

 憎からず思っている人に異性を意識させられるようなことをされれば、動揺ぐらいするというもの。


「まったく。そんなに私のこと意識しちゃったんですか? 仕方のない人ですね」


 顔を赤らめながらも、どこか小悪魔的な笑みを浮かべて上目遣いに見上げてくる。クスッと笑い、蠱惑的な色気を滲ませた。


 だが、すぐにいつもの表情に戻して、また一口アイスを頬張る。そしていつものセリフを浮かべた。


「でもごめんなさい。付き合う気はありません」


 まったく下手な照れ隠しにも程がある。自分から仕掛けておいてフるとか一歩間違えば悪女だぞ?


 もちろんわざとでないことは分かっている。

 未だに八代さんの頬は赤いし、うなじまで桃色だ。これで仕掛けていたら、多分八代さんの方がダメージがでかい気がする。


 まったく。結局フラれるオチになるらしい。ほんと、あと何回フラれればいいんだろうか?


 きっとまだまだフラれるに違いない。そして、俺もまた同じセリフを吐くのだろう。


「はいはい。付き合う気なんてまったくないから安心してくれ」


 変わらないいつものセリフで、八代さんとのお出かけは終わった。


 

 

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