第22話 お礼の品
「それでは行きましょうか。ちなみにおすすめのお店とかありますか? 色んな種類の枕を売っているところは知らないので」
「それだったら、近くに丁度いいところがある」
「では、そこにしましょう」
駅前から少し離れた所に、ベッドや枕、シーツなど寝具を主に売っているお店がある。
そこはかなり品揃えがいいので、枕を探すには最適な場所だろう。
とりあえずはそこに向かった。
歩くこと10分ほど。駅ビルから外れた大型のショッピング施設が現れる。
そこの5、6階が全て寝具売り場となっているので、そこまでエスカレーターで登っていく。
目的の場所へと向かう途中も何度もすれ違う人達から好奇の視線を向けられる。興味深そうに見てくる人や、あるいは見惚れたようでぼうっと立ち止まる人まで。
自分一人で歩く時よりもさらに沢山の注目を浴びているのは気のせいではないだろう。
「ほんと凄いな。色んな人から見られてる。俺一人の時よりも遥かに注目を浴びてるんだけど」
「私一人の時でもここまで見られることはありませんよ。一緒にいるのが理由でしょう」
動く手すりに左腕を添えながら八代さんは淡々と語る。特に視線を気にしている素振りはない。
「あ、着きましたよ」
エスカレーターが登り切ると、キングベッドがいきなり現れる。
真っ白なシーツに包まれ、大きなふかふかの枕が二つベッドの頭の方に置かれていた。あ、あの枕持ってる。
八代さんは、とことことベッドに置かれた枕を小さな手でぽふぽふと軽く叩いた。
「一条さんが欲しいのはこういう感じの枕でいいんですよね?」
「ああ」
「この枕はどうですか?」
「それはもう持ってる」
「……そうなんですか。さすが枕オタクですね。正直引きます」
僅かに目を細めると、持ち上げていた枕を元の位置に戻して、ちょっとだけ声を下げた。
いや、まだ一個だけじゃん。それで引くのは酷くない?
「別にいいだろ。ほら、それより早く枕売り場に行くぞ」
「そうですね。一条さんが残念な人はもう変わらない事実ですし、私が心を広くしないと」
「おい、八代さんに残念な人とは言われたくないんだけど?」
生粋の猫好きである八代さんに言われるのは俺でも我慢ならない。ただ、今日は一応贈ってもらう立場なので、甘んじてそれ以上文句を言うのをやめた。
何度も通っているので、枕売り場は完璧に把握している。
ちなみに最短距離で移動するルートと、ベッドや他のマットレスなど色んな商品を見て周れるルートの二つとも把握済みだ。
今回は枕だけなので、最短距離での移動で案内する。
ジグザグに歩き、普通ならしないであろうルートで枕売り場にたどり着いた。
大きさや素材などで分類されて、色んな種類の枕が所狭しと棚に陳列されている。
八代さんは少しだけ目を丸くして、立ち止まった。
「枕だけでこんなに並ぶんですね」
「ここだけじゃないぞ。隣の列も全部枕が並んでる」
「それは凄いですね。これは確かに選ぶのが大変そうです」
「とりあえず一回軽く全部見てみるか」
呆気に取られている八代さんを横目に一通り見て回る。
以前来たのは3ヶ月ほど前なので、かなり並びが変わっている。見たことない商品がいくつもあった。
低反発を売りにしている枕。ビーズか入り、頭に必ずフィットする枕。厚さが薄く、首が疲れにくい枕。
さまざまな枕が並んでいる。どれにもさまざまな色や柄などが用意されていた。
どれもこれも買ってみたくなる。お金の都合さえつけば、全部買い占めるのだが、残念ながら高校生の自分にそこまでの余裕はない。
だが、見ているだけで癒されて楽しいし満足だ。
そう思って八代さんの様子をチラッとみると、八代さんは特に興味を惹かれている様子はなく、軽く手に取ってみるだけだった。
……まあ、仕方ない。好きでもないものに興味を持つのは難しいだろう。
それでも一応は真面目に選ぶ気はあるようで、目は真剣だ。
そんな中で特殊な形の枕が売っている場所を通った。
そこはいわゆる抱き枕やクッションに近いもの。キャラもの。動物のもの。そういうものが並んでいる。
その一つに急に八代さんが食いついた。
「い、一条さん!猫ちゃん!猫ちゃんの枕があります!」
さっきまで興味なさげだったのに、今は目をきらきらと輝かせて、枕をこちらに見せてくる。
八代さんが持っているのは猫の顔をデフォルメした枕。楕円形の枕に猫耳が二つ付けられ、顔が描かれている。
愛くるしい猫の枕の瞳が、八代さんの視線と同じくこっちを向いていた。
「どうでしょう。私的に、これはおすすめですよ。絶対癒されるに違いありません」
「いや、それは八代さんだけだからね?」
多分その枕で八代さんがぐっすり寝られたとしても、それは枕の効能ではなくて猫好きの効能です。
やはり残念な部分は変わらない八代さんに呆れて苦笑いを零すと、八代さんは不満そうに唇を小さく尖らせた。
「むっ。何が不満なんですか? 一条さんだって癒されるかもしれないじゃないですか」
「いや、だって他にも良い枕あるし」
「だからといって、これが癒されない理由にはなりませんよね? まだ使ったことはないでしょう?」
「ま、まあ」
ぐいぐいと八代さんの押し売りが止まらない。
「それなら効果があるかもしれないじゃないですか。大丈夫です。癒されるのは私が保証しますよ」
「いや、でもな……」
頷くのを渋ると、八代さんは、はっと声を上げた。
「私からの贈り物なんて、大抵の男性ならなんでも喜ぶのですが……やっぱり、一条さんは男性ではない!?」
「……分かった。もうそれでいい」
別に断る理由はない。それにまた変な疑惑を向けられるのも困る。諦めて猫の枕を貰うことに決めた。
あれ? お礼の贈り物のはずでは?
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