第20話 予定

 舞と八代さんの一悶着も過ぎ、文化祭の準備の時間が終わった。


 授業終了を告げるチャイムが教室に鳴り響く。皆、それぞれが晴れやかな表情で片付けを始める。


「あー、やっと終わった」


「はぁ、疲れたし、マックみんなで行かない?」


「お、いいね」


 芽衣が提案すると悠真が疲れた顔をきらきらと輝かせる。文化祭の準備が相当堪えたらしい。


「蓮は? 今日マック行く?」


「あー、悪い。今日はパス」


「そう? 分かったー」


 芽衣は特に気にした素振りもなく、舞達と別な話をし始めた。どうやら今日は新作が出るみたいだ。


 それらを横目に帰る準備を進めていく。八代さんは教室にはいない。既に用意を終えて出て行った。もう帰っている頃だろう。


 いつもなら寄っていくところだが、今日は一応家に帰っておきたい。

 八代さんが来ているかは分からないが、あの最後の様子が少し気になった。

 

 もしも俺の家に立ち寄っているようだったら話を聞くとしよう。そう思って俺も教室を出た。


 日は既に短くなっている。二学期が始まった頃はまだまだ明るかったが、今はかなり日が傾いている。遠くの山に沈みゆく夕陽が赤々と輝く。


 どこか物悲しい雰囲気の中、家の前には八代さんが屈んでココアを見つめていた。


 彼女は薄く目を細め、口元も緩めている。それはいつも通りの表情。だが寂しげな赤影で気落ちしているようにも見える。


「よう。今日は来たのな」


「はい。これからは忙しくて寄る余裕がなくなりそうなので」


「今日の舞の話か?」


「……はい。そうですね」


 微妙にぎこちなく笑みを作ったのは、俺に気を遣ったのだろう。

 とりあえず座って話そうと、庭へ案内した。


「引き受けていたけど、本当に大丈夫なのか?」


「……まあ、なんとかなるとは思います。一応服は作り慣れていますし」


 慣れているからといって時間的に厳しいのは変わらないだろう。

 平気、と八代さんは装っているが、その実情は透けて見えた。


「一条さんは気にしなくて大丈夫ですよ。舞さんの機嫌を損ねた時のことを考えれば、あの時、一条さんが止められないのも仕方ありません」


「……気付いていたのか」


「見た目で苦労しているのはお互い様ですから」


 ため息を吐く八代さんには同情も混ざっているように思えた。


「悪い。その、手伝おうか?」


「いえ、とりあえずは私一人でやってみます」


「……そうか。まあ、困った時は言ってくれ。」


 八代さん本人が言っている以上、俺が何かと心配するのは野暮というものだろう。

 それに、その遠慮こそが今の俺たちの距離感のようにも思えた。


 仕方なく、言葉を飲み込む。


 ただ何か言いたげなのは伝わってしまったようだ。

 八代さんははっと何かに気付いた表情を浮かべる。

 あ、心配しているのバレたかも。


「あ、気遣ってくださるのはいいですけど、私を狙うのはやめてくださいね?」


「……狙ってないから安心してくれ」


 全然伝わってなかった。呆れて思わずため息が漏れ出た。


 状況が変われば、これからのことも変わる。八代さんは以前触れていたことを口にする。


「それで、この前話した猫カフェ……あ、お礼のことですが」


「おい、待て。もう完全に猫カフェの方がメインになってただろ」


「……お礼のことですが、文化祭前はかなり忙しくなるので、急ですが今週末でもいいですか?」


 分かりやすい俺のツッコミを無視する八代さん。ちょっと? 無視しても目的はばればれですよ?


 本当にお礼をする気があるのか、疑いつつも一応頷く。


「今週末なら日曜日が空いてるから、日曜日にしよう」


「分かりました。では日曜日で」


 八代さんは忘れないようにするためか、スマホのメモに予定を入れる。


「何時ごろに集まりすか?」


「無難にお昼を過ぎた午後でいいんじゃないか?」


「そうですね。そうしましょうか。午前にしたら一条さんは寝坊しそうですし」


「……そんなことはないと思うぞ?」


「午前中ずっと寝て過ごすのにですか?」


「どうして分かる!?」


 悠真とか舞なら知っているが、八代さんに休日の過ごし方を話したことはない。

 それを知っているなんて、まさか超能力者では……。


「単純に一条さんが分かりやす過ぎるだけですよ」


 八代さんは呆れたようにため息を吐いた。


 ……どうして?





 



 

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