第19話 嫌な予感
八代さんと妙な関係へと進んだように、学校の行事の方も準備が着々と進んでいた。
本番まであと1ヶ月をきる頃になると、ロングホームルームの授業でも準備を進めるようになる。
「はぁ、やっと内装がいい感じに仕上がってきた。ほんとだるーい」
舞が椅子に座りながら足をぷらぷらとさせている。うんざりとした表情には、不満が見て取れる。
それに悠真が気遣うように苦笑いを浮かべて肩を叩いた。
「でも、これでも結構予定より早いペースで準備進んでるんだろ?」
「そうみたい。他のクラスの話聞いたけど、全然まだまだだったよ」
芽衣がそう言うと、舞がぱっと顔を上げた。いい事思い付いた。そんな明るい表情。
「こんなに早く進んでるならさ。前、話してたあれ、出来そうじゃない?」
「確かに、いけるかも!」
「絶対やりたかったし、八代さんに話してみようよ」
芽衣と朱莉がきらきらと顔を輝かせる。
何やら楽しそうだが、俺は知らない。
「なんの話だ?」
「前に朱莉と芽衣と3人で話したの。ウエイトレスの制服、1種類だけより何種類もあったらいいんじゃない?って」
「へー、そんなこと話してたのか」
「色んな格好見れるし、お客さんからのウケも良くなるかなって」
これだけ見た目のいい女子達がそれぞれ個性のある服装をしていれば、目を惹くのは間違いない。ただ……。
そこに八代さんが通りかかった。
「あ、八代さん」
「えっと、神楽坂さん。なにか用ですか?」
舞が朗らかに笑って話しかけると、八代さんは瞳を揺らす。気まずそうで表情は明るくない。
「今って準備の予定、かなり順調に進んでるよね?」
「そうですね。一番最初に予定しておいた時よりは多少早めに進んでいます」
「それなら、せっかくだし、ウエイトレスの服装もう2、3種類くらい追加しない? そっちの方が色んな格好見れて可愛いだろうし」
くるくると髪を弄りながら舞が事もなさげに提案する。だが、俺も引っかかっていたように、八代さんも顔を僅かに顰めた。
「今のところ予定は順調ですが、それは最初の予定がかなりぎりぎりで設定していたからであって、決して余裕があるわけではないです」
暗に無理だと伝える。だが、舞はまったく気にしていないようで、呑気ににっこり微笑むのみ。
別に八代さんを助けるつもりはなかったが、俺から見てもかなり無理な願いとしか思えず、つい口を挟む。
「舞。さすがに今からは難しいと思うぞ?」
「えー、でも、やっぱり可愛い格好したいし。蓮は私の色んな格好見たくない?」
舞はぱっちりとした二重の瞳でこちらを上目遣いに見つめてくる。なにを期待しているのかはすぐに察せられる。
「……そりゃあ見たいけど」
否定出来るはずがない。否定すれば、舞は機嫌を損ねるだろう。それは今後に響く。それに好意を拒否して舞を傷付けたくもない。
舞の期待通りに答えれば、舞は満足そうに笑みを浮かべる。
「ほんと? じゃあ、やっぱり色んな種類の服あった方がいいよね。みんなも色んな可愛い格好を見たいと思っているだろうし」
「……1種類の服を作るだけでも大変です。それを何種類もとなるとかなりの労力がかかると思いますが?」
「えー、でも、八代さんなら出来るでしょ? これだけ順調に慣れないことこなせてるんだし。私じゃ無理だけど、八代さんは完璧だし」
「……」
八代さんが押し黙る。迷うように服装班の人たちに視線を送ると、彼女達は困ったように八代さんと俺たちを見ていた。
八代さんは彼女達を見て、それから一度小さく息を吐く。
「……わかりました。服装班の人たちには既に色々やってもらっていますので、私がやるので良ければ、私がやります」
「ほんと!? 八代さんがやってくれるなら安心。ありがとう!」
舞がにっこり微笑んで八代さんの手を両手で握る。
八代さんは握られるまま力なくされるがまま。
「蓮。楽しみにしててね?」
「……ああ、楽しみにしてるよ」
からかう口調の舞に曖昧な微笑みを浮かべて頷く。
八代さんが引き受けた以上、ここから俺がどうこう言うことは出来ない。
ただ、八代さんの優れない顔色だけは少し心配だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます