第16話 突然

「では、明後日までに役割分担を決めたいと思いますので、希望を考えておいてください」


 この前まとめたクラスの出し物についての資料をさらに簡潔にまとめられたプリント。

 あれからも一人で八代さんは色々作業を進めていたらしい。


 壇上で今後の段取りを説明している彼女は、まさに誰もが予想していた通り、完璧に役割をこなしていた。


 クラスの人数分の役割分担を考え、予定通りに進むように期日を設定し、着実に準備を進めていっている。何も問題はない。

 ……その段取りの殆どが、ほぼ個人一人で行われているという一点を除けば。


 それだけ彼女の能力が高いのだろう。だがそれ以上に頑張っているからに他ならない。

 俺たちが遊んでいる間に、八代さんがこつこつ進めているのだ。


(ほんと、猫が関わらなければすごい人なのに)


 才色兼備という言葉は八代さんこそふさわしい。それは誰もが思っていることだろう。


 だが、ココアを前にした我を忘れている八代さんを見ている身としてはどうしても、そっちの印象が強かった。


 どうしてあんなにポンコツになってしまうのか。


 つい残念な人を見る目で八代さんを見てしまう。

 すると、壇上の八代さんが一瞬だけこっちを向いて睨んだ気がした。……勘、良すぎじゃないですかね?


 放課後、舞達とどの役職を希望するか話し合って別れた。


 何となく予想はしていたがウエイトレスをやるらしい。

 八代さんがいることでかすみがちだが、舞も芽衣も朱莉も人並み以上の容貌は持っている。

 せっかくの花形の役職みたいなところではあるし、やってみたいのだろう。似合うに違いない。


 多分希望は通る。舞達の希望とわざわざ被せてまで奪おうとする奴はいない。それに、美少女のウエイトレス姿は全男子の望みでもあるのだから。


 唯一、皆が嘆くとすれば八代さんがウエイトレス姿になることがないことだけだろうか。

 文化祭の実行委員は当日も運営に携わるので出し物自体には参加できないことがほとんどだ。


 まあ、仮になかったとしても、八代さんなら自分から目立つことはしないので、やらないだろうが。

 ……いや、猫耳を付けられるなら、やりかねないかも。


 そんな呆れるほどの猫好きな八代さんは、今日も俺の家の前で猫と遊んでいた。


「よう。今日は来たんだな」


「はい。ここ最近は忙しかったのですが、やっと一区切りがついたので。ココアちゃんを触らせてもらっていいですか?」


「はいよ」


 もう秋が訪れたことで、外は肌寒い。だが、まだ日が沈むよりは明るいため、いつものように庭に案内した。


 赤い空が頭上に広がり、庭が陰に包まれている。陰影の中に動く動物が一匹。ココアがこっちに来て、八代さんの太ももの上で丸まった。


 疲れを癒しているようで、撫でている側のはずの八代さんが、撫でられているココアと同じ表情になっている。二人は姉妹かな?


「忙しかったのって、文化祭の準備か?」


「はい。色々段取りを考えるのが大変でした」


「他の人を頼ればいいのに」


「自分でやった方が早いですから」


 八代さんはごくごく当たり前のような顔をしている。それはまるで人に頼る選択などないようだった。


「他の人は頼らないのか?」


「私にそんな人がいるとでも? それに今のクラスで私に手を貸すのはあまり良くないですからね。尚更です」


 少しだけため息を吐いた八代さんに、ぐっと息を呑む。やりきれない思いが胸の内に広がる。


「なんです? いちいち人に合わせる必要がないので気が楽ですし、1人は慣れているので気にしていませんよ」


「1人でも平気なのか?」


 俺自身は一人というのが嫌で、皆に合わせて生活している。

 上手く関係を築いて、時には自分を抑えて、表面上をうまく取り繕っている。


 そんな俺と真反対の八代さんが、不思議で仕方なかった。


「もちろん、本当に心から信頼できるような人なら何人いても嬉しいですが、ただ表面上の関係をなぞるだけの人達なら、いなくても構いません」


 淡々と語る八代さん。それらの言葉は深く自分に突き刺さる。まるで自分に言われているみたいだ。


「自分の意見も言えず、ただ合わせているだけの関係なんて意味ないです。もちろん、間違っていたことは変えますが、私は自分を変えてまで人に合わせたくはないです。自分に嘘をつくのが一番の裏切りな気がしますので」


 赤い炎を瞳の奥に宿し、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。それは気高く美しい。そう思えるほどにかっこよかった。

 自分という存在がどれほど周りの目を気にしているのか痛感させられる。


「……ほんと、八代さんってかっこいいよな」


「急になんですか。口説いても付き合いませんよ?ごめんなさい」


 訝しむように目を細めて、声を低くする。

 

 またフラれてしまった。いつも通り、まったく変わらない八代さんに苦笑するしかない。


「はいはい。口説いてないから勝手にフラないでくれ」


「私を口説きたいなら、まずはココアちゃんを2、3匹貢いで貰わないと。そしたら考えてあげます」


「だから、あげないからね?」


 八代さんはココアをじっと見つめている。絶対、貰ったあとのことを考えているに違いない。


 最近、ココアのこと狙いすぎじゃないですかね? それにココアは一匹しかいませんよ?


 せっかく見直していたというのに、どうして残念なのか。やっぱり可哀想な目で八代さんを見てしまった。


 ココアに癒される時間がゆっくり過ぎていく。

 何度も優しく八代さんの指先がココアの身体を撫で続ける。


 既に日は傾き、夜が近い。赤かった空も薄暗く、暗赤色へと変わっている。

 寒さがキツくなってきて、そろそろ終わりだなと思った頃、八代さんのスマホが鳴った。


「あれ、おばさんからです。なんでしょうか?」


 不思議そうに少し首を傾げながら八代さんが電話に出る。


 なにやら様子がおかしい。話し声が聞こえないが、八代さんの表情がどんどん険しくなっていく。

 追い詰めたような、ショックを受けたような、そんな表情。


 俺とココアで八代さんの電話が終わるのを見つめて待つ。

 すぐに電話は終わった。


「どうした?」


 八代さんがスマホを持ったまま、こっちを上目遣いに見上げてくる。

 不安げに眉をへにゃりと下げる、困った表情。声を震わせながら教えてくれた。


「お母さんが……事故にあったって」




 




 



 

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