第14話 手伝い

 見慣れた後ろ姿を見つけて、つい近づく。


 どうして話しかけようとしているのか。わざわざ気にかけるような仲でもないのに。


「なにしてんだ?」


 八代さんがこちらに顔を向ける。警戒を露わにしてどこか不機嫌そうな表情。

 だが、俺を認識すると険しさはなりを潜め、少し目を丸くした。


「一条さん。文化祭の出し物について少し調べ物を」


「ああ、なるほど」


 パソコンの画面には、今回俺たちがやる喫茶店のやり方をまとめたサイトが表示されていた。

 既に何件か別なサイトも調べ済みのようで、八代さんの手元には印刷された紙が何枚もまとめられている。


「随分真面目に調べるんだな。押し付けられた役割なのに」


「そうですけど、与えられた以上はきちんとやりたいですから。それにせっかくの文化祭ですし、みんなが楽しめた方がいいですからね」


 真剣な眼差しで手元の資料に視線を落とす。いやいや押し付けられた役割だというのに、嫌な顔をせず、周りを想っているのは意外だった。


 つい感心して八代さんを見つめる。俺の視線に気付くと、八代さんは目を細めた。


「……なんですか?」


「いや、なんでもない。……手伝おうか?」


「一条さんは今日、カラオケに行くのでは?」


「そうなんだけどな……」


 この後には舞達とのカラオケが待っている。だがそれは億劫だし、正直他に用事が出来たなら断りたい。


 他のやつもこういう大きな集まりの時は時々サボる。いつメンだけの集まりなら流石に行くが、ここまで大きな集まりなら一人二人減ったところで影響は特にない。


 文化祭のお手伝いというのはちょうど良かった。それにここまで頑張っているのを見て、放っておけるはずもない。


「正直カラオケ行くの面倒だと思っていたんだ。断る理由にちょうどいいし、手伝わせてくれ」


「それならまあ、良いですけど」


 ためらいながらも、ゆっくりと八代さんは首を縦にふる。

 許可も貰ったことなので、カラオケに行けない旨を伝える。

 

「もしかしてお手伝いで好感度を稼ごうとか考えてます? 手伝ってくれるのはありがたいですし嬉しいですが、ごめんなさい。恋愛対象として見れるかと言いますとちょっと……」


「うん、分かってるからそれ以上言うのやめようか」


 別に断られるのはもう慣れているが、申し訳なさそうにするのはやめて欲しい。

 下手に真摯に対応されるようになった分、俺でも傷つきますよ?


「それで、資料を集めてまとめればいい?」


「そうですね。色々見ておきたいですし、服装とかの用意の方面で色々調べて頂けると助かります」


「りょーかい」


 指示された通り、服の発注方法やおすすめの店などを調べて資料としてまとめていく。

 調べれば調べるほど気にするべき点が多く、これを一人で管理しようとするのはかなり厳しいだろう。


 一通りなんとかまとめ終えたのは、取り掛かってから2時間後のことだった。


 ようやく終わり、八代さんに資料を渡す。


「一応終わった。急いで進めたから多少見にくいかもしれないけど」


「いえ、本当に助かりました。こちらも終わりましたが、少しだけ待っていてもらえますか?」


「ああ。いいけど何調べてるんだ?」


「お母さんのプレゼントについて、ちょっと」


 八代さんの前のパソコンの画面には『両親への贈り物ランキング』と大きく書かれたサイトが表示されていた。


「へー、なるほどね。本当にお母さんのこと大事にしてるんだな」


「はい。いつもお世話になっていますから」


 会ったのは一度だけだが、八代さんとお母さんはとても仲良さそうだった。


「悩んでるなら俺も意見を出そうか?」


 伊達に何年もお母さんへのプレゼントは選んでいない。他にもクラスの女子にもちょくちょくプレゼントを渡すことがある。


 多少は頼りにしてくれるだろう。そう思っての提案だった。

 だが八代さんが俺に向けてきた視線は、信用できないとでも言いたげな白けた視線だった。


「なんだよ、その視線は」


「……いえ、自分の誕生日に枕を要求するような人に、まともなプレゼントを選べるのかと」


「お、俺は関係ないだろ」


 図星すぎて思わず噛んでしまった。自分と他の人で分別はちゃんとつけてます。ほんとだよ?


「これでも他の女子に贈り物をする機会は多いんだ。下手なプレゼントを選びをすると思うか?」


「確かにそう言われるとそうですね。じゃあプレゼント選びに参加していいですよ」


 今度こそ納得したようで、プレゼント選びに参加させてもらえることになった。あれ? なんで俺がお願いしたみたいになってるの? 


 八代さんのお母さんの誕生日プレゼントの候補を幾つかに絞り、下校することになった。


「今日は猫、撫でていくか?」


「そうですね。少しだけ」


「あ、待て。もう暗いから多分家に入ってる。だから撫でられないかも」


 基本的に我が家の猫は庭と家の中を自由に行き来出来るようになっている。

 昼間は日向ぼっこが好きみたいで外にいることがよくあるが、夜は基本的に中にいる。

そのことを思い出した。


 既に外は暗い。もう家に入っているだろう。八代さんはそれを聞いて「そうですか……」と残念そうに呟いた。


 分かりやすいほどに肩を落としてしょんぼり落ち込む八代さん。さっきよりも歩く足取りが重く、遅い。つい苦笑してしまう。


「そんなに撫でたかったのか?」


「それはもちろんです。私の生きる意味と言っても過言ではありません。ココアちゃんを撫でられるから毎日頑張れているというのに……」


「愛が重すぎないか?」


「そんな……! この程度で重いなんておこがましい。まだまだ上がありますよ。ぜひ一条さんも猫への愛を育んでみては?」


「え、やだよ」


 変な宗教に俺を巻き込まないでください。


 それにしても猫が絡むと八代さんは本当に人が変わる。それだけ猫が好きなのだろう。

 そんな人が一度は期待して、撫でられないと言われたのだから、そりゃ落ち込むのは仕方ないのかもしれない。


 一度は気分を上げて落とした立場としては申し訳なさがすごい。ここまで落ち込まれると、罪悪感もあって何かしてあげたくもなる。


 非常に気が進まないが、一つ提案してみた。


「あー、その、俺の家の中で撫でるか?」


 

 

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