第7話 新ニュース

 あれから、八代さんと一時を一緒に過ごすことが何度かあったが、特に関係が変わることはなかった。


 学校で全く話すことはなく、これまで通り。同じクラスの人以上の存在ではない。


 猫を撫でに来る時も別に何か約束をするわけではない。

 俺がいない時でも柵越しに猫のココアのことを構っているようで、俺に特に用事がなく帰ると家の前にいる時がある。その時に、撫でに庭まで来る感じだ。


 一緒にいるからといって特に何か話すわけでもない。

 向こうは俺のことなど忘れたかのようにいつも無心で猫を撫で続けているし。


 こっちとしてもわざわざ愛想よく接する必要はないので、黙ってぼんやりと横で昼寝をしていた。


 多分、向こうは俺のことを猫の人とか、そんな風に思っているに違いない。俺は便利屋か。猫を撫でさせることしかできないとか、ドラえもんの劣化版だけど。


 そんな奇妙な関係が俺と八代さんの間にあったが、不思議と嫌ではなかった。


 連日ずっと一緒というならともかく、週に一度が二度ぐらいであったし、撫でている時間もそこまで長くはなかったので、面倒とは思わなかった。

 それに気を遣わずにいられるというのも大きかった。


「ああ、テストだるーい」


 昼休み、隣で机に突っ伏すようにして舞はむくれるように唇を突き出す。


 夏休みが過ぎ9月も終わる頃になると、次は中間テストがやってくる。

 この学校は一応進学校に分類されるので、テストを真面目に受ける人が多い。テスト前ということで、少しだけ緊張感が教室には漂っていた。


「えー、舞ちゃんは頭が良いから良いじゃん。私なんて赤点ギリギリだから本当に頑張らないと」


「確かに。舞って意外に頭が良いんだよな」


 舞の取り巻きの一人、咲野芽衣と悠真の会話。芽衣はボブカットゆるふわなパーマがかかった茶色の髪を揺らす。そこに舞が不満げな視線を送る。


「意外ってなに。勉強はやらなきゃ」


「そうだけど、舞って結構そういうの程々に要領良くやるタイプに見えるっていうか」


 悠真の言い分は理解できる。あまりそういうのを真面目にやるタイプには見えない。何かあるのだろうか?


 悠真の問いかけに、舞は少し表情を険しくする。その視線の先を辿ると、八代さんを睨んでいた。


(ああ、そういうことか)


 確か、舞は学年でテストの順番がいつも2番で、1番は八代さんだ。その辺りも舞が八代さんを悪く言う一因なのかもしれない。


 またしてもいつもの他人の思考を読む癖が出始めていると、悠真がこっちを見た。


「蓮は? 蓮っていつも寝てるけど大丈夫なのか?」


「ああ、バッチリだ」


 バッチリ、ぎりぎり赤点を回避します。


 言葉の綾で誤魔化すが、舞には通じなかった。さっきの表情を消して舞がからかうように微笑みかけてくる。


「嘘だー。蓮はいつもギリギリじゃん」


「ああ、だからバッチリ、今回もギリギリだ」


「……それ、全然ばっちりじゃないからね?」


 舞のジト目が突き刺さる。正論はやめてください。居心地の悪さに、逃げるように肩をすくめる。


「はぁ、早くテスト終わってくれ」


「ほんと、早くテスト終わっていきたーい。テスト終わったらみんなでどこか行かない?」


 いつものだろう。舞の提案に周りの女子が同意する。よほどテストが鬱屈だったのか、かなりの盛り上がりだ。


「蓮も行くでしょ?」


「……ああ。もちろん」


 舞からの滲む好意に気付かないふりをして、薄く微笑んでみせる。みんなと一緒なら問題ないだろう。

 期待通りの返事をもらえて舞は顔を輝かせた。


「みんな、蓮も来るって」


「え、蓮くんも来るの。やったー」


「凄い楽しみ」


 きゃいきゃいと賑やかに華やぐ。「どこにする?」「あそこは?」と話し合いがどんどん進んでいく。


 話題が進む中で、ある会話が耳に飛び込んできた。


「あ、そういえば駅前に新しく猫カフェが出来たらしいよ」


「へー、猫カフェとか初めてじゃない?」


「友達の話だと結構いい感じだったっぽいよ」


「一回は行ってみたいかも」


 芽衣とポニーテールの女の子、朝比奈朱莉との会話。その内容に思わず興味を惹かれる。


 猫カフェ、か。猫は好きだが、別にわざわざ行こうと思うほどの熱意があるわけではない。

 それでも猫カフェというワードが耳に残ったのは、彼女のせいだろう。どうにも毒されている気がする。

 

(一応、教えておくか)


 猫の話題なら八代さんも少しは話にのってくるだろう。そう予想して、放課後、話をしてみることにした。


————それがあんな展開になるとは思ってもいなかった。



 

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