第6話 夜

「「「いただきます」」」


 八代さんと別れた日の夜、食卓を三人で囲んで手を合わせる。

 ダイニングは広く、お義父さんとお母さんが隣に並んで、逆側に俺が座る形になっている。


 猫のココアもご飯を貰い、俺の足元でカツカツと食べる音が聞こえた。


「最近、学校ではどう?」


「別に。普通だよ。普通に授業受けて友達とご飯食べて、時々遊んで帰ってきてるだけ」


「そう。楽しんでるならよかった」


 分かりやすくほっとした表情を浮かべるお母さん。まあ、息子が上手く学校生活を送れているのか、心配なのだろう。


「ちゃんと女の子には誠実に接するのよ」


「分かってるよ。もう何回も聞いた」


「蓮くんはかっこいいからな。俺が高校生の時はモテなかったから羨ましいよ」


「お義父さん……」


「やめろ。そんな目で見るんじゃない」


 つい哀れみの目を向けると、お義父さんは分かりやすく狼狽えた。それを見てお母さんがクスクスと肩を揺らす。


 温かい家庭の会話。5年も一緒に居れば、このくらいの緩やかな関係くらいは築ける。


 両親二人も家族の関係を大事にしたいようで、食事を一緒に取るのが暗黙の了解になっていた。


 その後も他愛もない会話をしながら夕ご飯が進んでいく。それらに愛想笑いを貼り付けながら、馴染んだお母さんの味に舌鼓を打った。


「ごちそうさまでした」


「上に上がる?」


「そうだね。課題もあるし」


「お風呂溜まったら呼ぶからね」


「分かった」


 リビングを出て階段を登る。新築とは言わないまでも、まだ新しい家は綺麗で汚れや傷はあまりない。

 少しだけ重くなった足を動かして自分の部屋に入った。


 帰ってきた時に冷房はつけていたので、部屋は涼しい。ただひんやりと肌寒くも感じて、部屋の温度を一度だけ上げた。夏休みの時はこれで快適だったのに。


 お腹が満たされたことで少しだけ眠気が襲ってくる。まだお風呂までは時間があるだろうと、ベッドに飛び込んだ。


 去年の誕生日に家族から貰った枕はやはり素晴らしい。

 通販で気になっていた肩までのる大きい枕なのだが、低反発で上半身を包み込むようになっていて、ゆったりとリラックスすることが出来る。


 無理して頼んだ甲斐があった。やはり上質な睡眠には上質な枕が欠かせない。

 本当なら学校にも持っていきたいところだが、大きすぎて諦めた。ぜひともスモールライトを開発して欲しい。


 改めて枕の良さを体感したところで、そっと息を吐き出した。身体の力が抜けていく。酷使していた表情筋も緩めて笑みも消した。


 白い天井をぼんやりと眺める。


 お義父さんもお母さんも自分には良くしてくれている。

 お義父さんは特に自分とは血の繋がらないのに、あれだけ優しく接してくれているのだから頭が上がらない。


 ただ、どうしても気を遣ってしまう。形の違うピースのように上手くハマらない。それは5年が経っても変わらなかった。


 不満はない。ずっと一人で育ててくれたお母さんが幸せそうなのは嬉しい。

 ただそれでも、気を遣って上手く会話を回すのを意識しなければならないのは、どうしても疲れてしまう。

 疲労を吐き出すように、またため息が出た。


 年々酷くなっている気がする。顔色を読むことに長けているお陰で、ここまで上手く色んな関係を築いてこれたが、疲れが酷い。

 いつからだろうか? ここまで顔色を窺うようになったのは。


 多分、中学のあの時。あの失敗からより一層人間関係に気を遣うようになった気がする。

 思い出しても仕方のないことだ。浮き上がってきた苦い記憶をもう一度沈めて、別のことに意識を割いた。


「今日は色々あったな……」


 目を瞑ると、夕方の出来事が蘇ってきた。昨日のことを謝られたこと。八代さんが猫好きだったこと。なぜか猫を撫でる誘いにのってきたこと。色々なことを思い出す。


 意外と悪い奴ではないのかもしれない。

 未だに勝手にフラれたことだけは解せないが、それも異性を警戒していると考えれば分からなくはない。


 素っ気なく愛想のない印象は相変わらずだが、素直に謝るところは好感が持てた。

 まあ、だからといってなにかあるわけではないのだが。


 それにしても妙なことになった。本当にまた猫を撫でに来るのだろうか? ……うん、来るな。八代さんなら絶対来る。


 猫について熱く語るあの姿を見れば、どれだけ好きなのか分かる。

 猫を撫でられるというだけで、ほいほいとほぼ初対面の俺の誘いにのる奴だ。撫でに来るに違いない。


 猫を見て緩やかに微笑んでいた八代さんの横顔が脳裏に浮かんだ。


 

 




 


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