第3話 変わらない

 翌日、いつもと変わらず学校へと向かう。夏の残暑に朝日は眩しく、肌を照りつける暑さがあった。


 九月と言えども涼しくなるにはまだ時間がかかるだろう。首筋に伝う汗を拭った。


 教室に到着して扉を開けると、既に何人も登校していた。


「あ、蓮! おはよう!」


「蓮くん、おはよう」


 黒髪のポニーテールの女の子。ショートボブのゆるふわなパーマがかかった女の子。何人もの友達がこっちに寄ってきて挨拶してくる。それに応えながら自分の机へと向かう。

 ふと、昨日のことを思い出して、八代さんに目を向けた。


 たまたまだろう。ぱちりと目が合う。すると彼女の宝石のような綺麗な瞳が一瞬瞬いて、左右に揺れ始めた。

 そのまま気まずそうに顔を逸らして、八代さんは前を向く。


 見ていたのは俺と同じ理由だろう。あの様子だと多少は昨日のことを気にしているらしい。


 俺があそこにいた理由がきちんと伝わったようなので十分満足。それ以上に何か関わるつもりはないし、求めるつもりはない。


 他人に興味のない八代さんのことなので、すぐに忘れるだろう。そう思って、それ以上は気にしないことにした。


 昼休み、授業を寝ていたせいで頭がまだぼんやりする。重い瞼を擦っていると、人が来る気配があった。


「また寝てたのー?、蓮ってほんと、寝るの好きだよね」


「分かる。蓮くんいつも寝てる気がするし」

 

 クスクスと楽しそうに舞とその友人達が笑ってからかってくる。


「ばかやろう。成長期に睡眠は大事なんだぞ」


「どう考えても机で寝るのが身体に良いとは思えないけど?」


「……さて、今日の昼ごはんは何かな」


 反論が思いつかず、聞かなかったことにした。俺の完璧な理論が……。


 悠真も加わり、机で囲んで弁当を食べる。談笑しながら舞や他の女の子に目を配る。


 可愛らしく笑い、にこにこと楽しそうにしている様は昨日の八代さんとは大違いだ。威嚇してきた鋭い視線を思い出す。


 それと比べれば舞達のはやりやすい。適当に話を合わせておくだけでこれなのだから、楽で良い。


「そういえば、文化祭の出し物何にする?」


「あー、八代さんが話してたこと?」


 悠真が言うと、舞が僅かに声を低くした。どうにも舞は八代さんを毛嫌いしている節がある。

 女子同士、それもとびっきりの美少女となると何か思うところがあるのだろう。本当にそうなのかは分からないが。


 それを聞ける奴はこのクラスにはいない。


「まあ無難に喫茶店とか?」


「だな。あとは劇とか。お化け屋敷とかも去年はあったよな?」


「あった。あった」


 去年の文化祭に話を膨らませる。高一の去年はまだ上手く想像がつかないまま取り組んだので、今年は去年よりは良いものが出来るだろう。


 去年見たものや文化祭中にあったイベントなど様々なことに花を咲かせていった。


 一通り話し話題が落ち着くと、また悠真が口を開いた。


「八代さんが話すの久しぶりに聞いたけど、素っ気ないというか愛想が悪いというか、相変わらずな感じだったよな」


「授業の話し振りから分かってたけど、やっぱり八代さんってなんかお高くとまってる感じがするのよね」


「確かに。異性ならともかく同性ぐらい、もう少し話したらっては思う」


 舞の愚痴にも似た批判に、隣の女子も頷く。


 あの態度ならそう言われても仕方がない。

 苦手意識がある俺でも同意だ。ただ、そういう悪口に自分も参加するのは憚れ、もぐもぐと弁当を食べ進める。


「人と話さないくせに男子はたぶらかしているみたいだし、そこもイラつくのよね」


「あの見た目ならモテるのは分かるけどな。まあ、もう少しなんとかしろよって感じはあるよな」


「悠真は既に一回振られてるしね」


「うるさい。それを言うな」


 舞と悠真が楽しげに盛り上がる。確かに、八代さんは今でも告白が後を絶たないが、もう仕方のないことではないだろうか?


 既に、異性と関わることは断絶していて、それでも好意を寄せられているのだ。これ以上対策のしようがない。二人は八代さんにどうしろというのか?


 八代さんは苦手な人である。それは知ってからずっと、昨日話したがそれでも変わっていない。


 だが、昨日話した感じ、二人が悪口を言って嫌うほど悪い人物には思えない。

 まあ、だからといって何かするほどのことでもない。

 どうせもう関わることはないのだから。


————そう思っていた。この時までは。


 


 


 

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