第四章-7

 リエは、ソラが小川で泥を落とすのを手伝った。

 ソラの怪我は、決して軽いものではなかった。引っ掻き傷、切り傷、そして火傷。リエは薬を塗ろうとしたが、ソラに断られた。

「この傷は、悪霊を倒した印だ」

「せめて、痛みどめだけでも」

「駄目だ」

 ヒナリは、散らばった骨や焦げた皮の切れ端を片づけた。といっても、大したことではない。骨も皮も、今となってはただの死骸で、危険でもなんでもない。ヒナリはそれらを落とし穴に放りこみ、上から土を被せて埋めた。これで、もう終わりだ。

 食料は、シグレが取ってきた。里芋だった。リエ達は焼いて食べた。今まで食べた中で、一番うまい里芋だ。

 食べていると、不思議なことに、動物達がやって来た。うさぎ、鹿、小鳥、猪、灰色の毛並みの狼。ありとあらゆる種類の動物が、小川で水を飲む。

「みんな、喜んでるよ」

 ヒナリが言った。ソラも頷く。

「一度にこんなたくさんの動物が、同じ場所で水を飲む……夢でも見ているみたいだ」

 シグレはそう呟き、景色に見入った。

「今だけだ。また明日になったら、いつもの森に戻る。ところで、芋が焦げてるぞ」

「え? あ!」

 ソラがリエ達を乗せて走れるようになるまで、一行は歩いて旅をした。小川がいい目印になった。ソラが言うには、この川は世ノ河へ続いているらしい。

 木の実や芋はたくさん採れた。シグレは、悪霊を射ってから、再び冷静に弓矢を扱えるようになった。彼は狩りにでかけるようになった。狩りにはリエもついていったが、シグレはがウサギや鳥を仕留めるのに対し、リエはさっぱりだった。

「狩人になるコツは、ずっと練習を続けることだよ。ほら、獣の解体をしよう」

 しょぼくれるリエに、シグレは優しく言った。

 夜、化け物は来なかった。森の精霊が、悪霊を倒してくれたお礼にと、霊道を監視してくれているのである。久々に、ぐっすりと眠ることができた。

「ねえ、ヒナリ。森の精霊に、お願いできないかな。私の里の人達を守ってほしいって。もしオボロに酷い目に遭わされていたら、助けてほしいって」

「お願いしてみたら? みんな、聞いてるよ」

 リエはすぐそばの、鬱蒼とした木々に向かって祈った。

(私は瑞木の森から来ました。そこの里に住んでいる人達が、オボロという常闇の化け物に酷い目に遭わされているかもしれません。もしそうだったら、どうかみんなを助けてください)

 返事は聞こえない。リエはヒナリを見た。

「いいよ、だって」

「良かった……ありがとうございます」

 リエは森に深々と頭を下げた。

 数日後、ソラは走れるようになった。三人を乗せ、軽快に走る。やがて、水音がいっそう大きくなってきた。どんどん音は大きくなっていく。

 そして、巨大な滝に出会った。

 ゴウゴウと水が落ち、真っ白な飛沫を立てる。音が凄まじく、耳が痛くなってくる。

「これが、始原の山脈?」

 森の外にいたときに見た始原の山脈の姿とは、かけ離れている。近くで見ると、こんなにも荒々しい。

 崖は高い。見上げていると、首が痛くなる。しかし、以前、誰かがここを通ったらしい。上から縄が吊るされている。これに捕まっていけば、歩いていけそうだ。

「さて。僕は、ここでお別れかな」

 シグレは微笑んだ。

「え、ここでお別れ?」

「僕には願いごとも無いし、森の悪霊もいなくなったし。家に帰るよ。短い間だったけど、色々ありがとう」

「家へ帰れるか?」

 ソラが尋ねた。シグレは「大丈夫」、と胸を張る。

「昔は、森の中を旅して狩りをしていたから。おおよその位置や方向、目印になるものは覚えてる。みんな、どうか、お元気で」

「またね!」

 シグレに向かって手を振ると、リエ達は、山に向きなおった。

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