第一章-5

 次の日、リエは朝早くに起こされた。朝餉を食べる間もなく、小屋の外へ連れだされる。

 門の前に二人の人が立っていた。初めて見る、バア様以外の人だ。リエより背がずっと高い。二人とも白い衣を着ている。

「リエ、この人達の言うことを聞くんだよ」

 バア様がリエの背中をそっと押す。「え?」とリエは振り返るが、その時には二人の人間に両手を取られ、門の外へ連れていかれる。

「ねえ、バア様は?」

「ここでお別れです」

 門がバタンと閉まる。そこは初めて来る場所だが、森中と同じような景色だ。道の両脇に木がたくさん生えている。違うのは、道の幅が広いことくらい。それ以上の違いを見つけようとしても、二人の人に腕をぐいぐい引っ張られるせいでじっくり見ていられない。

 道の先に、また門が見えてきた。先程リエが通った門と同じ見た目をしている。今、その門は開け放され、向こう側に家が見える。だが近づいてみると、リエが住んでいた家よりもずっと大きくて立派だ。

『門の先には何があるの?』

 以前、リエはバア様にそう尋ねたことがある。

『お宮だよ。十になったら、リエはそこで花嫁衣装を来て、舟に乗るんだよ』

 今、お宮の戸は開け放され、中にはたくさんの白い衣を着た人がいる。

 リエはお宮の中で彼らに囲まれ、着ていた衣を脱がされる。そして「手を上げて」「足を上げて」「動かないで」とあれこれ命令され、従うたびに、白い布やら帯が身体に巻きつけられる。気がつけばリエは真っ白な花嫁姿になっていた。

「さて。準備ができました、神子様。こちらへ」

 来た時とは違う戸が開く。そこはまた森の中で、下へ階段が続いている。リエは言われるがまま降りた。降りた先は砂利の地面、そして世ノ河があった。

 川辺には、のっぽの黒い帽子を被った大人がいた。その人の後ろには、ちょうど人一人が乗れるくらいの大きさの舟がある。

 リエは帽子の人の前に座らされた。リエの後ろに、白い衣の人達が座る。すると、のっぽ帽子の大人は低い声で、ぶつぶつと呟く。何を言っているのか全く聞きとれない。振りかえってみると、白い衣の人は皆頭を下げて、じっと聞いている。

「ねえ、この人は何を言ってるの?」

 真後ろにいる人に聞くと、ぺしっと頬を叩かれた。

「黙って前を向きなさい」

 渋々リエは前を向いた。しかし真面目に聞けるはずもなく、すぐにまぶたが重くなり、こっくりこっくりと居眠りし始める。そうしていると、トントンと肩を叩かれた。ハッとなって顔を上げると、帽子の人がお椀を差しだしている。リエは受け取った。中身は水だ。

「飲みなさい。全部」

 言われるがままにリエは飲み干した。その瞬間、猛烈な眠気がリエを襲い、身体から一気に力が抜ける。手から滑り落ちたお椀が床に落ち、乾いた音が鳴った。

 白装束の人々は、すやすやと眠る流し神子を抱きあげ、舟の中に寝かせ、舟を押しだした。

 小さな舟は、広大な大河を静かに流れはじめた。

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