ミコシやないねんから

 ミラは、魔法大学内にある研究所で働いている。


 ジョシュアは、ミラの案内で研究所の倉庫へ向かう。


 ゴードン教授は、ミラの研究において権威であり、厄介者であった。


 彼の成果は図り知れず、ミラが開発した野菜の大半は、彼の知識によって作られたものばかり。その分、研究に余念がなく、考え事をすると動かなくなる。


 例えば……。


「おい、運べ運べ!」


 ジョシュアの横を、キャスター付きのリクライニングチェアが駆け抜けていった。チェアにはアゴに手を当てた老人が乗っていて、その椅子を三人の男性が押している。


「今の人は」

「あれがゴードン教授。今から魔法科学校のゼミ」


 ゴードン教授は一旦考えだすと、授業や会議があっても椅子から立ち上がろうとしない。


「あんなんで授業になるの?」

「三四回くらい、自習になった」

「うへえ」


 そのせいで、授業の単位を取れなくなりそうになったそうだ。


「普通の学校ならクビだよね?」

「短縮授業で埋め合わせて、他のゼミより好成績を取らせた」


 他の生徒より三〇分短い授業だったのにである。


 自習といっても生徒は遊んでいないから、予習復習をちゃんとしていた。普段から自習する習慣があったため、家でも学校でも集中力が途切れなかったのだろうと、ミラは分析している。


「ここが、うちの倉庫」

「う~んっ。これはまた、すごいね」


 ジョシュアの職場より、雑然としていた。これは、骨が折れる。


「地脈の流れがキツい。これじゃあウチみたいに、自動的にアイテムを取り出すのは不可能だね」


 土魔法が充実しすぎているからだろう。地脈が必要以上に整っていた。魔力の動きはスムーズで、遊びがまるでない。

 こんなにとっちらかっているのに、機能的に働いている。教授の性格が伺えた。人格ともいうか。


「なんや。ワイの研究所に用事か?」


 授業を終えたゴードン教授が、帰ってきた。やはり、チェアを押してもらいながら。



「また片付けんかいって、小言を言いに来たんか?」



 こちらの行動を先読みして、たいそう不機嫌な様子である。 


「教授、はじめまして。ジョシュア・ウォールバーグです」


 なので、穏便に済ませる作戦に出た。「敵を落としたければ、まずは相手の出方を伺いなさい」とは、リヨの言葉である。


「ほう! あんさんがあのウォールバーグくんかいな! 話は聞いてるで!」


 握手を求められたので応じた。


「いつもあのような移動方法で?」

「せやねん。考え事をしているといつもあんな感じや。『ミコシやないねんから』っていうてんねんけどな」

 

 ゴードン教授が、座り直す。

 


「見事な研究成果ですね」


 教授の実績は、ミラから聞いている。だが、学校内を見回すと、想像を上回っていた。


「せやろか? 今は人のん見てるほうがええわ。今の新芽はええ感じや。いつでも死ねる」


 当の教授は、生徒たちの成果を自分のことのように喜び、たいそう満足げだ。


「御冗談を。まだまだ後進を育てていただかないと」

「アカンアカン。いつまでも年寄りが居座っとったら、大学も腐ってまう。ワイは本来、人の研究を見たるんが専門やった」


 なるほど。根っからズボラが作用して、今の地位に付いたと。


「そこから分析して、足らん分を助言するくらいやな。せやから、ワイの成果やないんや。ホンマに評価されるんは、生徒なんやで。せやのに、学者のアホは権威しか見とらん! ミコシやないねんから!」


 テーブルをドンと叩く。


 衝撃で、卓上の書物や文房具が飛び跳ねる。


「だからゴードン教授は、権威にすがる教員たちを全員追い出した。成果主義を打ち立てるために」

「ワイができるんは、そんなことくらいや」


 教授が今の地位に付いたのは、人の作品をたくさん見たいからだとか。


 趣味と実益を兼ねた合理的な行動を、彼は常に取り続けていた。


 本来なら学長か所長レベルの人だ。なのにゴードン氏は、いち教授でとどまっている。


「ここはワイが唯一落ち着ける場所や。せやから、魔術的な結界も張っとる」


 彼は、ここから出るつもりはなさそうだ。

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