ミラの称賛

 ジョシュアが倉庫で仕事をしていると、来客が。


「ミ、ミラ……」


 思わず、ジョシュアは縮こまってしまう。


「ああ、ジョシュアくんはいるかと尋ねられて、呼びましたぞ」


 通したのは、ザカリーらしい。


 言葉からして、完全に善意からか。ただ「ごゆっくり」と、なかば嫉妬の眼差しを向けられた。コンパで収穫なしだった「あてつけ」も入っているかも。


「今日は、どうして?」


「お茶を入れようか」と尋ねたら、「結構」と返された。


「迷惑?」


 カウンターにぶら下がりながら、ミラは両足をバタ足のように振っている。


「いや、別に」


 正直なところ、来てほしくなかった。


 こんな惨めな姿を、ミラに見せたくない。

 

 久々に会ったミラは、華々しい成果を上げていた。


 しかし、ジョシュアは何にもなれていない。

 ただ人生を消費しているだけ。


 リヨに勝ったら、なにかが変わると思って挑み続けた。しかし、得られたのはこの職のみである。


「ジョシュアの成果なら、さっきの人から聞いた。ジョシュアすごい」

「どこが!? こんな寂れた倉庫の番をずっとやっているボクが、すごいだって!?」


 バカにされたわけではないのに、ミラを罵ってしまう。知らずしらずのうちに、皮肉めいた笑みまで浮かべていた。


「わたしは、あなたほど活躍しているわけでもない」


 ミラが謙遜する。


「どうしてさ? ボクなんて倉庫の中で引きこもっているだけだ。大したことなんてしていないよ」


 おおげさに、ジョシュアは肩をすくめた。


「三〇〇年蟻の這い出る隙間のなかった倉庫を、一晩で誰でも扱えるように片付けたって聞いた。たった一人で」


 続いて、ミラはカウンターに尻を乗っける。


「それこそ、大した仕事じゃないよ」


 ジョシュアはずっと、家の中で作業することが多かった。その状況を再現したに過ぎない。


「快適な環境とは、時間がどれだけあっても作り出せるものじゃない。先のことを考えて、自主的に行動に移せるかがカギになってくる。あの魔術師団は、長年それをやってこなかった」


 そのとおりだ。そのせいで、物を探すことに何時間もかけてしまっていた。


「あなたは、そんな彼らの悪循環を断ち切った。おかげで、どれだけの時間が一日のうちに捻出されたと思う?」

「一日で二、三時間くらいかな?」

「六時間。それが一五年も続いている」

「そんなに!?」

「逆に、彼らは一日六時間も、物を探す時間に当てていたことになる。あなたが入ってくるまで」


 ジョシュアは、時間の残酷さを思い知った。

 自分がどれだけ、時短に貢献していたかを。


 ムダなことなんて、なかったのだ。


「だから、あなたはもっと誇っていい」


 ミラに言われた途端、周りの視野が一気に広がった。


 目の前にあるのは、きれいに整った倉庫ではない。自分の功績である。


 利用者別に整理されたアイテム、種類によって整った本棚、呼びかけに応じてカウンターから魔導書やアイテムを取り出せるシステム作り。すべて、ジョシュアが考えついたアイデアである。


 こんなにも、他人に褒められたことはなかった。


 いや。褒めてくれていたのだろう。


 聞いていなかったのは、ジョシュアの方だ。

 彼にとっては、機能的なのが普通だったから。


 なにより、人の意見なんてまるで聞いていなかったように思う。リヨの言葉すら、素直に受け入れようとしなかった。


 ようやくジョシュアは、自分しか見ていなかったことに気づく。


「ありがとう。でも、ミラがここに来た理由と関係ないんじゃ」

「ある。あなたに倉庫整理をお願いしたい」


 また整理整頓か。

 いつから自分は、整理収納アドバイザーになったのだろう?

 魔術師として雇われたはずなのに。

 この仕事だって、対リヨとの修行場として適切だったからだ。


「で、何をすれば」


「偏屈ジジイが倉庫の片隅を占拠していて、片付かない」

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