童貞をこじらせた魔術師

「ジョシュアくん、キミに朗報ですぞ!」


 倉庫でポーションのラベル貼りをしていると、メガネのザカリーがジョシュアを呼び止めた。彼は昔、ジョシュアが助けた生徒会のメンバーだ。


「ああ、ザカリーくん。どうしたの?」

「交流会のお知らせがありますぞ。婚期に乗り遅れている男子たちのために、イーデン団長がコンパを主催してくださるそうです! しかも今夜!」


 表向きは、他団体との交流会らしい。


「そうなんだ。気前がいいなぁ」


 さすがイーデン団長だ。太っ腹である。


 とはいえ、自分が行ったところで空気がしらけるだろう。世話焼きなザカリーならともかく、自分のような陰キャと飲んで楽しいなんて思えない。


「いいよ。ボクには、心に決めた人がいるから」

「しばらく会ってないんですよね? ミラ殿と」

「ああ。そうなんだ」


 かれこれ、何年会っていないだろう? 仕事が忙しくて、顔を出せていない。仕事を得てから、家も出て女子寮生活だったと言うし。


「ひょっとすると、コンパにも出席しているかもしせませんぞ! 招待状は、渡しているそうなので!」

「どうかな?」


 ミラの性格では、来ないと思うが。


「もし気が向いたら、出席を! 一人だと心細いのですぞ!」

「考えておく」


 ジョシュアは仕事の合間に、行きつけのレストランへ。


 そこでは、リヨがトレーを持ってサンドウィッチを運んでいるではないか。ミニスカートで、シッポをフリフリしながら。


「うへへ、フェンリルちゃん、一晩付き合えよ」


 労働者風の客が、リヨの尻を触ろうとした。チアガール風の服を着ているから、女の子と間違えているらしい。


「気安く触らないでよブタ。あんたにはヤギがお似合いよ。家畜同士仲良くなさい」


 てっきり客は激昂すると思った。ジョシュアも身構える。

 しかし、男はうっとりとした顔で、去りゆくリヨを眺めた。


「こっちにホットドッグだったわね」


 トレイから料理の乗った皿を、老婆の前に置く。


「ありがとうリヨちゃん。よく働くわね」


 ホットドッグをつまみながら、老婆は愉快そうにリヨへ声をかけた。


「ええ。自慢の白い毛が料理に入らないようにするのがポイントなの」


 リヨが老婆の隣の席に座って、足を組む。


「モフモフの毛並みねぇ。触らせてくれる?」

「もちろんよ。この毛はね、アンタに触ってもらうためにお手入れしているんだから」

「まあ。お上手だこと」


 老婆が、肩から腕を撫でた。


「そうそう、上手よ。ああ、もっと際どいところも触ってちょうだい……」


 リヨのスカートが、ムクムクと起き上がる。下腹部でスカートが、真っ赤なテントを張った。


「なにやってんの?」


 呆れて、ジョシュアはリヨに声をかける。 


「あらジョシュア、おかえりなさい」


 スカートが持ち上がったまま、リヨは立ち上がった。


「どうしたの、リヨ? バイトなんてして」


 ジョシュアが、席に座る。


「おばさんに頼まれたのよ。ぎっくり腰やっちゃったって」


 レストランの経営者から、病欠する自分の代わりに店に立ってくれと頼まれたらしい。


「うまくやっているみたいじゃないか」

「そりゃそうよ。アタシはフェンリルよ。不可能なんてないわ。おばちゃん直伝のカツサンドだって再現できるんだから」


 リヨが「食べてみなさい」と、ジョシュアの前にカツサンドを出した。ソースのいい香りが漂う。


「ホントだ。キャベツのきめ細やかさまで完璧だ」

「でしょ?」


 得意げに、リヨが鼻を鳴らす。


「でも一人で切り盛りって大変なのよ。おばさんが元気になればいいけれど」

「じゃあ、ボクが診てみようか? ちょうど、骨に効果がある軟膏を開発中なんだ」


 リヨに店を任せ、ジョシュアはレストランの主の元へ。


 腰に軟膏を塗ってやると、みるみる回復した。


「ありがとう。これで店に出られるわ」


 腰をなでながら、主が店に立つ。


 リヨは「やるじゃない」とジョシュアの肩をポンと叩く。


「こんなに役に立つ男なのに、いまだいいお嫁さんがいないなんて」


 周囲が結婚ラッシュに湧く中、ジョシュアはまだ童貞だった。

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