第二章 ここからが本当のモフモフだ

森でハッスルするフェンリルを連れ帰る簡単なお仕事

 イーデン・ステューバー率いる魔術師団に入って、一五年が経った。

 ジョシュアは三〇歳である。


 魔術師団といっても、彼の仕事は倉庫番だ。

 書物の整理や、マジックアイテムの管理を任されている。

 官職に追いやられたわけではない。自分で志願したのだ。

 人に会わずに済むし、「誰もやらない」から。

 ここなら一人で集中して、「あのメスガキフェンリルを打倒する方法」を誰にも邪魔されずに考えることができる。


「ジョシュアくん、ちょっといいか?」


 折りたたみ式のハシゴに登って本棚を整理していると、イーデン局長から呼び出しを受けた。


「迷いの森で、不気味なうめき声がすると、鹿狩り中のレンジャーからクレームが入った」


 動物たちが襲われたという報告はないから、低級霊のたぐいかもしれない、という。


「調査に向かってくれないか?」

「ボクがですか?」


 ジョシュアはてっぺんから飛び降り、ハシゴを折りたたむ。


「原因次第では、おそらくキミが適任だ」

「ああ。またですか……」


 仕事着の上にローブを羽織り、ジョシュアは深くため息をつく。


「私も同行しよう」

「結構ですよ。その代わりイーデン局長、倉庫の番をお願いします。机の上にリストがあります。職員からアイテム使用の要望があったら、リストに従って支給してあげてください」

「わかった」


 迷いの森は、事務所から一時間先に位置する。レンジャーの話では、奥の方からうめき声が聞こえるとのことだが。


 ランタンに【照明】の魔法を灯す。霧で視界が悪い中、オレンジの光を頼りに薄暗い道を進む。


「オオン! アオン!」


 聞こえてきた。たしかにうめき声に聞こえるが。


 声のする方へ、どんどん歩いた。茂みをかき分ける。




 そこには、アラクネをご自慢の槍で後ろからハッスルするリヨの姿が。



「アオウ! オウイエス!」

「おいなにやってんだよリヨ!」


 ジョシュアが声をかけると、リヨがこちらを向く。


 アラクネの方は、なにか酔っ払った感じでうっとりとしていた。息を荒くして、快感に蕩けている。


「おお、ジョシュアじゃない! どう、アンタも混じる?」

「混じるじゃねえよ! レンジャーから苦情が来ているんだが?」

「いいじゃないの別に! この薬草を試してみたかったのよ!」


 焦げた葉っぱを、リヨは手に持っていた。


「くっさ!」


 ツンとする臭いが、脳にまで届く。


「これ、合法ドラッグじゃないのか!? うわくっさ!」


 あまりの激臭に、ジョシュアは鼻をつまむ。


「失礼しちゃうわね! この偉大なフェンリルが、ヤクなんかに溺れるわけないでしょ! これは開発中の媚薬よ!」


 家畜の繁殖用に調合した新薬で、人間に与えたら三日は求めてくるとか。


「似たようなものじゃないか!」


 女性をその気にさせてしまう、危険な薬品だ。


「大丈夫よ! ちゃんと理性を保てるくらいには留めてあるから!」

「ダメだって! ほら、アンタも呆けてないで行った行った」


 アラクネを帰し、リヨを無理やり連れ帰る。


「ちょっとなにするのよ! まだ途中だったんだけど!?」

「いいから帰るの! その薬品も没収!」 



 

 リヨを家に帰してから、ジョシュアは仕事場へ戻ってきた。


「おまたせしました。なにか変わったことは?」


 イーデンによると、三件ほど倉庫に来客があったらしい。


「相変わらず、キミの仕事ぶりはすごいな。社員一人ひとりのクセまで見抜いてアイテムを補完している」

「そうでもありません。苦労したくなかったので楽してやっていたら、みんなまで楽になっただけですから」


 何も難しいことはなかった。

 クセが強い分、術士のクセやスタイルは読みやすい。


「あと部外者だが、小さなダークエルフがここを尋ねてきた」

「ダークエルフが、ですか?」


 ここには、ダークエルフが好みそうなマジックアイテムなど置いていないのだが。


「なんでも、キミに用事があったみたいだ」


 ジョシュアは、ドキッとした。



 尋ねてきたのは、きっとミラだ。


 しかし、こんな仕事に就いていると知ったら、幻滅するだろうか。

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