シティエルフのミラ

 庭に出ると、さっそくリヨがジョシュアに殴りかかる。軽めのジャブ程度だが。


「うわっと!」


 ジョシュアは、とっさにかわした。しかし、後はやられ放題。相手の動きに対応できず、されるがままになる。


「どうしたの、それでも領主様の子ども? 農民のほうがもっとマシな動きをするわよ」

「ボクは魔法使いなんだ。格闘のトレーニングなんてしたことないよ」

「それを魔法でカバーするのよ。身体強化は、魔法の基本動作よ? 今どき後ろから飛び道具で攻撃とかバフ飛ばすとか、前時代的よ?」


 極めて、オーソドックスな戦法じゃないか。それを、全否定するなんて。


「いいこと? これからは魔法使いも前衛に立つ時代な、の!」


 リヨの放った正拳突きを、ジョシュアはしゃがんでかわす。同時に、肉体を強くする魔法を全身に込めた。


「まあ、ちょっとは平和になったから成り立つ戦法だけれども」

「ホントかな?」

「そもそも、体を動かしていないから、いつまでたってもデブなの、よ!」


 下段回し蹴りをフェイントにし、ハイキックでアゴの先端を狙う。脳しんとうを起こさせる気だ。


 しかし、下アゴの脂肪がクッションになってダメージを和らげる。


「なによ。やるじゃない」

「偶然だよ! 対応できなかったら意味がない」

「じゃあ、対処してみなさい、よ!」


 リヨが、裏拳を繰り出してきた。


 回避しようとしたが、力が急に抜ける。そのまま後ろによろめいて、尻餅をつく。


「どうなっちゃんたんだ?」

「ガス欠よ。車だって燃料がないと動かないわ」


 幌屋根のオープンカーを見ながら、リヨがアドバイスをしてきた。 

 うちの車ではない。来客があるようだ。


「力が入りすぎよ。もっとバランス良く魔力を全身に行き渡らせるように。このくらい普通にできないと、体力もつかないわ」

「わかったよ」


 ジョシュアは再度立ち上がり、稽古を始める。


 一瞬、誰かの視線に気づく。正確には、魔法力の気配を。ジョシュアより貼る方に高い魔力の波動を感じた。でも、敵対的ではない。


 油断を突かれて、モフモフシッポで脳天を叩かれる。


「どうしたの? 全然身が入っていないようだけれど?」

「いや、バラ園から人が覗いていたんだ」

「ん? 何を見ているの?」


 リヨも、バラ園からの視線に気づいた。


 一人の女の子が、バラ園の隙間から出てくる。褐色で、耳が尖っていた。紫色の瞳に、ジョシュアのまるまるとした顔が写っている。ダークエルフだ。外見的にはジョシュアと同い年くらいに見える。だが、エルフなので本当の歳はわからない。


「キミは誰? ボクジョシュア。で、このごっついのがフェンリルのリヨ」

「私ミラ。ミラ・リコリス。この近くに越してきたの。よろしくおねがいします」


 ジョシュアとミラが、互いに握手をかわす。 


「そのフェンリルは、あなたの? 人を食べたりしないの?」


 どうも、リヨを怖がっているらしい。なので、ジョシュアはリヨの首を撫でる。


「うん。ボクのお友達なんだ。人は食べないよ」

「ボウヤのオシリになら、興味があるんだけど?」

「やめなさいっ」


 ジョシュアがたしなめても、リヨは聞こうともしない。


「ところで、リコリスといったわね。ひょっとして、リコリス森の出身?」

「そう。私、ダークエルフ王の親類なの。厳密には第八王子の子ども。といっても、親が八男だからほったらかしだけれど」


 両親とダークエルフの村を出て、都会に住むという。


「ここには、どうやって?」

「車で来たの」


 屋敷の前に停まっている幌屋根は、ミラたちの乗ってきたものだったのか。


「わからないことがあったら、なんでも聞いてね」

「ありがとう。フェンリルと、何をしていたの?」

「組み手。トレーニングだよ。でも、かっこ悪かったよね」


 ジョシュアは、頭をかいた。きっと幻滅されたに違いない。


「そんなことない。すごくがんばってた。向上心のある人は好き」

「どうも、あり、がとう」


 可愛い女の子にほめられて、ジョシュアは胸がときめいてしまう。


「ねえ。私も混ぜて」

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