侯爵令嬢 テオドーリヨ・マクファーレン

「はあ? なによ。ザコをザコと言って何が悪いのよ?」


 リヨは、悪びれない。


「アタシを召喚したくらいで、魔力切れでブッ倒れるなんて。童貞もいいところだわ」


 ジロジロと、リヨが部屋全体を見回す。


 活劇小説の主人公である魔法少女のポスターが、壁や天井に貼られていた。棚には、憧れの魔法戦士のフィギュアが置いてある。


「変身願望の強い童貞ね。美少女とお付き合いしたいのか、強い男になりたいのか。どっちなのよ?」

「童貞は関係ないだろ! 第一、ボクはまだ一二歳だぞ!」


 呼び出した自分を差し置いて、クソザコ童貞呼ばわりとは。

 さすがに頭にきた。


「アンタのオヤジは、今のアンタと同じ歳で長男を仕込んだわ。イクとこイッたら、R一五では済まないかもよ?」


 父は子どもの頃から、相当マセガキだったらしい。

 まあ、四〇超えてまだジョシュアを母親に産ませたくらいである。それくらいの絶倫だろう。


「大方、こんな美少女とお近づきになりたいと思っていても、努力の仕方がわからなくてモンモンとしてるんじゃないの?」


 壁の美少女ポスターを見ながら、フリヨは鼻を鳴らす。


「ほっといてよ!」

「図星ね。こんなショボい挑発で、ムキになるなんて」


 言い返せない。


「そんなんだから、いつまでたっても童貞なのよ、ざ~こ。アンタまだ毛も生え揃ってないんじゃないの? ちょっくら見せないさいよ」


 いきなり、リヨがズボンを下ろしてきた。


「ちょっと何をするんだ!?」


 必死でズボンを死守する。


「何ってナニを見るんじゃない」


 リヨが、舌なめずりをした。


「やめなさい! わあーッ!」


 ジョシュアのズボンが、フワリとドアの方へ舞う。


 最悪のタイミングで、寝室のドアが開かれる。


「お、おはようございます、ジョシュア様」


 若いメイドが、ジョシュアを食卓へ呼びに来た。ズボンが、メイドの顔に舞い降りる。


「あの、ジョシュア様?」


 冷静に取り繕い、メイドは自分の顔からジョシュアのズボンを手に取った。


「ごごご、ごめんなさい!」


 慌ててジョシュアは、下げられた下着を持ち上げる。


「話し声が聞こえてきましたが、どなたかいらっしゃるので?」

「なんでもないよ! 服は洗っておいて!」

「承知いたしました。ジョシュア様、朝食の支度ができましたので」


 いきなり、リヨが「あーそれなら」と起き上がった。


 急いで、ジョシュアはリヨの口をふさぐ。フェンリルが話せるようになったことを、知られるわけにはいかない。


「ど、どうも! 自分の部屋で食べるよ! この子にも食べさせてあげて。ステーキがほしいんだって! えっと、表面焦げ目で中はレア! ワインなんかいらないから!」

「ちょっとナニよ! ステーキにワインはつきものでしょうが!」


 小声で、リヨがわめく。


「僕が飲むと思われるだろ? ボクは元服してないんだから」

「やっぱ童貞じゃない!」

「うるさい!」


 どうにか、リヨを抑え込む。


「あの、ジョシュア様?」

「なんでもないよ! ちょっとアレだよ、アレ。わかるでしょ? ボクだって……男の子なんだ。わかるよね?」


 メイドは困惑気味な顔になったが、すぐに立ち直る。


「なるほど」


 下がっていた下着と舞い上がったズボンで、すべてを理解したようだった。

 すべてはまるっきり誤解なのだが。


「かしこまりました。すぐにお持ちします。他にもお召し物をいただけますか? 洗濯いたします」

「ありがとう。着替えは、自分でできます! 洗い物はカゴに入れておくよ。その間に、ゴハンを持ってきて。リブロース表面焦げ目で中はレア。ワインとかは持ってこなくていいから。朝からお酒は控えなきゃ!」

「はあ……はい。失礼いたしました」


 メイドが部屋から出ていった。


「なにすんのよ! お酒よこしなさいよ!」

「いきなり召喚獣がしゃべりだしたら、パニックになってしまうだろ!?」


 下手をすると危険種と見なされて、殺されてしまうかも。


「いいじゃない! 三件隣に住んでるダチョウヒヨコなんて、自分の意思でダンジョンに潜るのよ? 鑑定しないとアイテムの価値もわからないクセに! しかもあいつ、その気になったら魔導書だって読むわ!」


 乗り物として利用されるダチョウヒヨコの中に、その手の亜種がいるのは聞いたことがあったが。実在していたなんて。


「キミはダチョウヒヨコと違うだろ!」

「うるさいわね、結局ツルンツルンのくせに。お酒よこしなさいよ!」

「いいだろ別に! さっきから何を怒っているの!?」

「そりゃあ、お楽しみのところを中断されたら怒るわよ!」


 リヨがテーブルをドン! と叩いた。


「こっちは召喚獣同士のハッスルを中断されて、気が立ってんのよ! ああもう、あとちょっとでアークデーモンに自慢の子種をブチ込めるところだったのに」


 自慢話をしながら、リヨは毛づくろいを始めた。


「キミ、男なの? 女の子みたいな話し方だけれど?」

「はあ? アタシはオスよ。性別上だけど。魂はメスなの」

「どういうこと? そういえば、マクファーレンって!」


 たしか義理の姉が、マクファーレン家の令嬢だったはず。長男ダミアンの奥さんだ。


「そうよ。アタシはマクファーレン侯爵一族の、第一令嬢だったの」

「じゃあ、ダミアン兄さんのお嫁さんは?」

「あれは妹よ」

「まさか、復讐のために転生を?」


 リヨはいわゆる【悪役令嬢】で長男との仲を嫉妬した妹の手にかかった?

 あるいは、処刑されたとか。

 で、モンスターに転生して復讐するか、人生逆転を狙っているのかも?


 ジョシュアがリヨの身の上を、妄想して吐き出す。


「はー。これだからバカなガキは」


 呆れたように、リヨは首を振った。


「どこか、間違っていた?」

「まるで違うわ。アタシが死んだ原因は、ただの糖尿病よ」

「ええ……」

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