最終話・わたしのメイドさん、あたしのお嬢さま
「はじっ、はじめましてっ!あしゃ…浅居、篠ともうしまふっ?!」
「あ、どもどもー。こちらの噛み噛み娘の友人の鹿角万千いーます。柄にもなく緊張してるこっちのことは大目に見てあげてください」
ウェディングドレスで正座した図ってなあ、あんまり聞いたことないよなあ、と思いながら、万千は彼女の言う所の「噛み噛み娘」のフォローに回っていた。
「…………」
もっとも、半分涙目になってる当の本人にはまったく感謝されず、睨まれていたのだが。
「初めまして。麻季の父の旦椋嘉心と申します。娘がいつもお世話になっております」
「…遠くまでようこそおいでくださいました。鹿角さんには初めまして、ですわね。麻季の母の、旦椋淑子です」
対面には麻季と、その両親が座っている。こちらも正座で、そして間違い無く押しかけ娘の二人よりも姿勢はしゃんとしていた。
「……ううぅ…」
篠のものとは違って首元と肩があらわになったウェディングドレス姿の麻季は、仕えるお嬢さまと同様に涙目になってはいたけれど。
旦椋家の客間に迎え入れられた篠と万千は、着替えは苑子の車に置いてきたままなので、そのままの格好で家の主と対面することになり、こうしているのだったが。
「「「「………」」」」
(気まずいなー。というか重苦しいなー)
割と傍観者面してる万千を除き、一同は沈黙のし通しで…僅かに麻季と篠だけが、時折視線を交わしてやっぱり気まずさを助長している。
まあ、そんな空気をなんとかするのは大人の役割というもので。
「…それで、ご来訪の用向きは何でしたでしょうかな?」
娘の方はともかく、来客の格好をスルーした父の、意外にもにこやかな一言で空気は緩んで。
「あのあの…そのっ、えっと………………おっ、お嬢さんのっ…麻季、さんの…………お嫁さんになりに来ましたっ!!」
…そして、篠の一言で完全に、ぶっ壊れたのである。
「…何しに来たんすか、お嬢さまはもー…」
「何しに来たもなにも…だって、麻季がお見合いするとか言われたから、そんなの許せないって…迎えに来ただけじゃない…」
「迎えに来てあの格好っすか。お嬢さまが時々ぶっ飛んだ行動するのは理解してるつもりでしたけど、また今回のはとびきりでしたねー」
と、部屋の壁にぶら下げられた花嫁衣装を見ながら、麻季は穏やかに笑う。
流石にウェディングドレスのまんま、というわけにもいかず、客間がひとしきり爆笑の渦に巻き込まれたあと、篠は麻季の普段着を借りて着替えていた。今は家族の追求も逃れて麻季の部屋に三人でいる。
普段着といってもジャージではある。とはいえ、久しぶりに麻季の香りにつつまれて、篠は機嫌の悪いはずもない。
口を尖らせてそっぽを向いているのは要するに。
「しのしのは久しぶりにまきっちに会えて照れてるだけさー」
「余計なこと言わなくてもいいわよっ!……もう、とんだ恥かいたじゃない…」
「恥、ってことはないっすよ。お嬢さまが来てくれて、あたしは嬉しかったっすから」
「うう、麻季の卑怯ものぉ…」
篠ほどではないにしても、顔を赤くした麻季にそう言われてしまっては篠も降参する他無い。
篠が自宅で使っているものとは比べものにならない、いかにも小学生から使っているという態の学習机の机に座った麻季はやっぱり嬉しそうにして、そんな二人を見比べながら万千は、はいはいごちそーさまでした、と苦笑していた。
「…それにしてもお見合いがどーとか、どうなったのよ。仁麻さんは麻季をとりおさえるために呼ばれたとか、物騒なこと言ってたけど」
「あー、あれっすか。実はですね…」
と、納得した風の麻季が説明したところによると。
見合い、という名目で、本家からやってきた旦椋祥平という親戚とは確かに顔合わせはした。
が、そちらも元々麻季とどーのこーの、というつもりはなく、向こうで付き合っている彼女はちゃんといるということで、ごく普通に、久しぶりにあった親戚と会話が弾んだだけだったのである。
伊勢崎の旦椋家を継ぐ、という話も確かにあるが、一人娘の麻季が自立するつもりがあるのであれば、両親にも家に縛り付ける意向が強くあるというわけでもなく、その辺りの話はこれからしていいこう、ということに、午前中の段階でなってはいた。
そこで話題になったのが、麻季にいるらしい、「好い人」の存在である。
薄々存在は感じ取っていた両親に追求され、麻季はなんとか黙秘を貫こうとはしたのだが、居合わせた仁麻が伯母と伯父に逆らえずゲロってしまい、お世話をしているお嬢さまと懇ろになっていることがバレてしまった。
親戚の祥平青年も含めて一同、呆れるやら感心するやらとなり、そこでまあ、揉めはしなかったが、何故か話題が結婚式に飛び、ウェディングドレスの話となり、今でも存在が確認された「母の」ウェディングドレスを麻季に着せよーという展開になり。
…お世話してるお嬢さまとの結婚式など望めるものでもないなら、せめて着た姿を親に見せて欲しい、というわざとらしー涙ながらの訴えに、一体何でそんなものが残されていたのかとか今着なければいけないものなのか、というツッコミは一切許されず。
土下座せんばりに頼み込む母と、好奇心だけで麻季のウェディングドレス姿を望む祥平青年に押し切られて一度は渋々着てみたものの、今度は身動きとれなくなったところを一座に散々オモチャにされて、いーかげん付き合いきれなくなって逃げ出したところに、篠と万千がやってきた、ということなのだった。
「でもドレス着てガチガチに緊張してる麻季ちゃんは見物だったわよー?写真撮っておいたから見る?」
「ぜひ!」
「あっ、てめえ仁麻っ!いつの間にそんなモン撮りやがった!」
「いつの間にもなにも、みんなしてきゃいきゃい撮影会してたでしょ。麻季ちゃんその間の記憶飛んでるんじゃない?」
「うるせーっ!お嬢さまに見せたらコロス!」
「やれるものならやってみんさーい。麻季ちゃんまだわたしに勝てないのはさっき証明されたもんねーっ」
「うるせぇ、さっきは動きづらい格好してたから、ッたりメェだ!今なら…」
「ほーらほーら、かかってらっしゃいー」
雄叫びならぬ雌叫びをあげて従姉妹につかかっていく麻季。
まあやっぱり敵いはせず、プロレス技にいつの間にか移行して腕ひしぎ逆十字とか逆エビ固めとかそんなものを食らって畳をタップする麻季だったのだけれど。
篠と万千は、そんな二人の様子を微笑ましく見守りながら、勢いだけで突っ走ってきた道中のことや、今日これからどうするか、といったことを話し合っていた。
「…そーいや登藤センセ、どうする?」
「どうするって言ってもなあ…夕方来たらアイサツだけして帰る?」
「まあそれが無難っしょ、ってしのしの、スマホ鳴ってない?」
「え?…あ、お苑からか……時間潰せる場所もないから、話片付いたら早く帰ろう、だって」
「あのセンセも暇つぶしのヘタなひとだねぇ…車なんだからそこら走ってりゃなんか見つかるだろーに」
「都会育ちで静かな場所にじっとしてる、って真似が出来ないからね、お苑は」
そんなもんかね、と嘆息した万千は、自分もスマホを取りだし黙っていじっていたが、何か考え込むようにした後、隣の篠の肩を叩いてスマホの画面を見せる。
「…しのしの。見たら怒るかもだけど、こんな写真撮っといた。いる?」
怒るかも、というところで身構えた篠は、しかし好奇心には勝てずに万千の手元をのぞき込んだ。そこにあった写真を、見る。
「………転送しといて」
「らじゃ」
そして一瞬口元を綻ばせると、乞うて、自分のスマホに送ってもらったのだった。
・・・・・
結局夕食までご馳走になり、万千や仁麻を送り届けて部屋に戻って来たのは十一時も近くになった頃だった。
麻季の実家を離れるころにはすっかり家族とも打ち解け、嫉妬の対象になりかねなかった旦椋祥平がことのほか好青年で、且つ地元にいるという彼女と睦まじいことも分かって一安心し、何もかも解決した、という心持ちで、自分と麻季の住む部屋に入った、のだけれど。
「たーだいまっと。それから麻季、おかえりー」
「………」
「麻季?おかえり、ってば。あなたの家に帰ってきたんだよ?」
ほぼ一日空けていた部屋の中は、夏場のこととて昼間の熱気が残っており、早いとこ窓を開けて外気を入れるか、エアコンでもつけたいところなのだが。
「……お嬢さま?」
「うん、なに?」
久しぶりに職場兼寝床である部屋に踏み込んだ麻季の声は、すこぶる付きで冴えないものだったりする。
「……お嬢さま、前にすんげぇいいこと言ってくれましたよね?」
「良いこと?麻季にはいっぱい良いこと言ったから、どれのことか分かんないんだけど」
「…そーですね。お嬢さまには調子の良いこといっぱい言われましたけど、あたしに一番響いた言葉あるんすよ」
「うん。どんなこと?」
「あたしは、お嬢さまに会うためにいろいろ遠回りをしてきた、と。あたしのいる生活が大好き、だと」
「うん。言ったわね。我ながらとっても良い台詞だったと思うけど」
「…じゃあ、聞きますけど」
「なに?」
一度、肩を大きくいからせてから、しかし脱力したように落とし、代わりに深呼吸をして麻季は、お嬢さまにこう怒鳴った。
「あたしが一週間留守にした途端にこの有様ってどーゆーことですかっ?!あたしのいる生活が好きってほっといても掃除してくれる家政婦がいるからってことですかっ!!ぐーたらしてても勝手にご飯が出てきて部屋が掃除されて洗濯ものも片付く生活が好きってことですかっ!!」
「きゃんっ?!………あ、あの麻季?もしかして…怒ってる…の?」
「怒ってはいませんよ。ええ、怒っては。ただ、人生でかつてないくらいに呆れてるだけっす」
頭痛を堪えるように指先をこめかみに当て、麻季は部屋の中を見渡す。その眉間には、絵に描いたよーな見事なシワが寄っていた。
一昨日、仁麻と万千にやらせようとした掃除だったが、二人に尻を叩かれながら、自分でやる羽目になった。
普段片付けというものをしない篠のことだから、掃除といっても勝手が分からず、ひとまとめになっただけのものを整理しようとして、却ってとっ散らかした。そしてタイムリミットを迎えた。結果、掃除(の真似事)をする前より部屋が汚くなった。
…麻季でなくても、呆れるというものである。
「……事情は分かりました。いちおう、一応はっ!…掃除してみようと手を動かした実績に鑑み、あたしも手伝ってあげますから今から掃除しましょう」
「えっ…?……あ、あの麻季?もう十一時過ぎてて今からやったら終わるの夜中に…」
「知ったこっちゃありません。どうせお嬢さま明日も休みでしょうが。何時になっても構いませんので、人間の部屋になるまで寝かせませんからねッ!」
「いやぁん麻季ったらぁ…寝かさないとかそんなこと言われたらわたしぃ…」
「お嬢さまっ!!」
「はいっ?!………う、うう…分かったわよぅ、やるわよ、もぉ……麻季の…鬼っ」
「鬼で結構。メイドの誇りってもんをその身をもって理解してもらいますからね」
メイドというより海兵隊の軍曹みたいな麻季にしごかれ、そして掃除が終わったと言える頃には、午前の二時を過ぎていた。
「はい、お疲れさまでした。もう遅いので薄く煎れてありますが、お茶をどうぞ」
「…うう、生きた心地がしなかった」
「掃除くらいで大げさですね、お嬢さま。あたしはこれの他に洗濯と炊事を毎日やってんすからね」
「麻季がどんだけスゴイか改めて知った気がする…いつもありがとね」
「どうしたしまして。まあ毎日やっていればこんなことにはならないんすけどね」
ダイニングのテーブルに突っ伏した篠の髪を、麻季は優しく撫でる。
なんだかこんな時間も随分久しぶりな気がする。
篠はそんな麻季のやりたいようにさせていたが、何かを思いついたように体を起こすと、お嬢さまの機嫌でも損ねたか?と訝しむ麻季に向かって、こんなことを聞く。
「…麻季、結局実家では何があったの?見合いとかそういうことじゃなくて」
それが真剣な顔だったものだから、麻季も煙に巻いて誤魔化すわけにもいかず、明日は休みだろうと掃除をやらせた手前、もう遅いから、という言い訳も出来ず、困ったように頬を右手の人差し指で掻いていたが、ため息をひとつついて、口を開く。
「そうですね。お嬢さまがご実家でご両親とお話されたようなことが、多分あっただけです…いえ、お嬢さまの方がご苦労は多かったと思いますよ。ですけど、まあ、さがしてたものが見つかったことを親に報告して、それで解決した…今は解決したとは言えなくても、あたしも、親父とお袋も、解決しようって気にはなったと思います」
「あ…」
「?どしました、お嬢さま」
「う、うん。なんでもない」
麻季の母、淑子がこの部屋に来たとき、散々ババァ、クソババァと罵っていた麻季の口から、同じ存在を「お袋」と呼ぶのを聞いた。
それだけのことかもしれないが、篠にはなんとなく、麻季が背負っていた重荷を少しばかり下ろせたのだろうと、想像が出来たのだ。
「なんでもない、ってお顔じゃないでしょーに。熱でもあるんすか?」
「どーいう意味よ、それ。麻季のために喜んであげてただけじゃない。それより、麻季はお家のこととかいいの?わたしは末っ子で上に兄も姉もいるからなんとでもなるけど」
「さあ?なんとかなるんじゃねーですかね。何せ、お袋もあたしと同じく一人娘で、親父が婿養子に入って後を継いだんですから、何とでもなりますよ、きっと」
投げやりに、でもなくこれからも気にしていくことを厭わない、くすぐったそうな笑顔だった。
それで、篠はホッとした。自分と同じように、麻季も向き合えたのだと。
「…さて、そろそろお休みにしましょうか、お嬢さま。お姉様にお借りしてたドレス、ちゃんとクリーニングに出さないといけませんしね。お嬢さま、荷物から出しておきま…」
「あ、そうだ。麻季?」
ウェディングドレスで思い出した篠は、立ち上がりかけた麻季を手招きして自分の隣に来させる。
「なんすか?」
「これ見て」
そして、スマホを操作して昼間万千からもらった写真を表示させる。
「……どう?」
「……………」
それを見た麻季の反応は、というと、篠の期待と想像をある意味上回り、ある意味予想通りだったとも言える。
「………おじょうさま、ずるいっす…」
「…うん。なんで?」
「なん、なんでって……あた、あたしは……おじょうさまの……お…せわして……」
「うん」
そうしたくなって、麻季の肩を抱いた。
「…おじょ…さまの、しょくじつくて……がっこうに…おくりだして……」
「うん…」
麻季は、自分の顔を両手で覆っていた。
「…お…じょうさま……がっこうに…いるっ……あいだは、へやの……そうじして………」
「……」
指の隙間から、嗚咽まじりの声が洩れている。
「……そ、れで……おじょさま…かえてきたら……ごはん…たべてもらって……おじょうさま…おいしって、いってくれ………て……」
「うん。うん…」
四つも年上の女性が、どうにも頼りなく、けれど何よりも愛しく思えてしまって。
「それで……あたしは………まんぞ…く……しないといけない……のにっ……!」
「……いいよ、麻季。あたしも、だから、麻季が欲しいもの、言って。ね?」
「おじょうさまぁっ……あたし、あたしは………おじょうさまのメイドでぇ……っ」
「うん、わたしは麻季の、お嬢さまで……」
肩を抱く手に力がこもる。
このまま二人、溶けるくらいに一つになれ、とばかりに。
「…あたしは、お嬢さまが……しの、が……欲しい……っ、ですっ………!」
「……うん、わたしも、麻季が、欲しい……です…」
どんな顔をしているのだろうか、彼女は。
きっと自分と同じように、めちゃくちゃな顔をしてるんだろうな、と思う。
それはお互いに、きっと、見られるとしばらく顔も合わせられなくなるような顔だから。
今は、こうして抱き合って、泣き合って、それから朝が来たら、おはよう、って言いあおうって、思うんだ。
テーブルの上に置かれた篠の、スマホの、画面には。
ウェディングドレス姿の篠と麻季。二人が、はにかんだ笑顔で見つめ合う写真が、表示されていた。
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