第25話・進撃するお嬢さま
「あ、麻季に告白したから」
『は?』
言った方は当たり前のことを口にしただけのつもりだし、言われた方は何を言われたのか理解が出来ていない。
その認識を共有出来ていない姉妹の会話は、ものの見事にすれ違うばかりなのだ。
「で、わたしがちゃんと身辺整理しないとこの想いが届かないらしくて。とりあえず週末実家に帰るから、一緒に行ってくれない?」
『……あ、あー。うん。まあ、その。アンタが親父様たちの顔見る気になったのはいいんだけど、その突然のやる気は一体どこから沸いて出てんの…』
「どこって。恋する乙女ならではの強さっていうか…もー、お苑も何言わせるのよぅ、恥ずかしいじゃない…」
うさんくさいことこの上無かった。少なくとも、自分が後ろめたいところのある妹から言われて即座に納得のいく内容ではない。
そして、電話口の向こうで身悶えでもしていそーな気配を嗅ぎ取って、苑子はゲンナリしていた。
ともかく、このまま話をしていたら電話口の向こうから蜂蜜のサッカリン漬け練乳添えとかが口に流し込まれそうな不安にかられ、週末の予定を手早く決めて、電話は切られた。
『妹が…壊れた…』
とかいう台詞が絶望的な口調で紡がれたような気もするが、篠は気にしなかった。
「…どう?これでいい?」
「いえ、いいか悪いかでいえば間違い無くいいんでしょうけどね…」
えらい上機嫌のお嬢さまが、今まで姉と通話していたスマホを突き付け言うと、メイドの方は珍しく渋茶なんぞ煎れたあっつい湯飲みを両手で持ち、すするよーにして口に流し込んでいた。ちなみにメイドは、その嗜みとして熱いものは平気である。
「なんか麻季もノリが悪くない?自分で煽っておいて」
「煽ったといーますか…まあお嬢さまが元気ならそれでいーすよ」
「なんで疲れた顔になるのよもー。麻季に喜んでもらおうと思ってがんばってるのにー」
「いえまあ、喜ばしいことだとは思いますよ、ご実家とちゃんと向き合うつもりになられたとゆーのは。はい」
「むー…」
まったくかみ合ってなかった。
プールでの一件のあと、篠は全てにおいて遠慮が無くなっていた。
夜は毎夜麻季のベッドに忍んできて、あれがガチの告白だったとしたら…とそろそろ身の危険を覚えつつある麻季に今のところは追い出されてはいるものの、何かにつけて甘えてきたり、妙に色っぽい仕草で麻季をドキリとさせたりと、ある意味麻季の職場環境は日に日に悪化の一途を辿っていると言えた。
例えば、食事時にはこーである。
「お嬢さま。お行儀がわるいですよ」
「いーじゃない。ほら、あーん」
「…あのですね、お食事の度にそーしてお口開けて待つのやめてもらえませんか?鳥の雛じゃあるまいし、っていうかこれじゃ何時まで経っても片付きませんから。残業代申請しますよ?」
「わたしと一緒になれば、わたしの財産は麻季のものにもなるわよ」
「そーいう意味じゃありません」
「ぶー」
あるいは、お風呂の時にはこーである。
「麻季ぃ、背中流したげる」
「うひゃぁっ?!……ってお嬢さま何してんすかっ!」
「だから、日頃の麻季の働きに感謝して背中流してあげよーかな、って」
「間に合ってます」
「そう言わないで、ね?ほらぁ…」
「…ったくもう、背中だけですからね?裸で逆らえないから仕方なく…って、なんでお嬢さままで裸なんですか」
「だって、お風呂入るときは服を脱ぐものでしょう?」
「出てってください」
「けちー」
それとも、朝起こす時にもこーである。
「…おはよ、麻季」
「おはよ、じゃねーですよ、お嬢さま。なんでお嬢さまがあたしを起こしに来てるんすか。逆じゃねーですか」
「麻季の寝顔、かわいーなー」
「そろそろ部屋に内側からしか開けられない鍵つけてもいーですか?」
「いいけど、外から侵入するだけよ?」
「お嬢さま、犯罪って言葉ご存じですか?」
「わたしと麻季の間では一切成立しない概念だってことなら知ってるけど」
「話にならない…」
流石に寝てる時に部屋に侵入してくることだけは、「わたしのことが嫌いになったの…?」と涙ぐむのを宥めつつ退職願を突き付け、やってはならないと約束をさせたものだが、一体どこの世界に「お嬢さまは住み込みメイドの寝込みを襲ってはならない」などというふざけた労使協定があるのだろうか。麻季と篠の契約を代行してる社労士が頭抱えていたところから見て、恐らくは世界初だったことだろう。
ちなみに寝入りばなに枕を持って遊びに来るのだけは、やめさせられなかった。
結構本気っぽく心中でもしてやろか、みたいな雰囲気を醸し出しつつ睨まれたからなのだが、お嬢さまにヤンデレ気質でもあったらどーしよーか、みたいな危惧を抱かないでも無い出来事ではあった。
「それはじゅーぶんヤンデレってると思うけど。それにしても大変なことになってるのね、麻季ちゃんも」
どれだけ大変なのかというと、普段毛嫌いしてる従姉妹に相談を持ちかけざるを得なくなるくらいには、大変だったと言える。
「…まー、幸いというかお嬢さまの方の問題は何とかなりそーなのが救いっちゃー救いッスけどねえ…あーもー、なんでこんなことになったんだか…」
そりゃあ悩める少女に手を差しのべて、いー感じに救ってしまったんだから責任とらなけりゃーねー、とお気楽にたこわさを摘まみながら、仁麻は突っ伏した麻季を、そうからかうのだった。ちなみに麻季の手には、ヱビス…ではなくモルツの中ジョッキが握られている。ヱビスの置いてない居酒屋だから、妥協してモルツだったのだ。ちなみに作者はどちらも好きなので誤解無きよう。
篠が姉の登藤苑子と一緒に浅居の本邸に一時帰宅する日は、泊まってくるから麻季もゆっくりしてて、と言われたため、数少ない…というか他にいない相談相手として従姉妹の仁麻を呼びだした。
普段どこで何に使っているのか分からないが財布の中身が乏しいといっつもぴーぴー鳴いてる仁麻のことだから、相談に乗って欲しければ酒を奢れと言われたのは当然と言える。
そして仕方無く呼びだしたのが、鳥貴族である。安くて美味い、給与所得者の味方だ。
もっとも麻季の場合、無駄遣いしない上に三食付きの住み込みだから自分のお金を使う機会もあまりなく、金銭には困っていない。チェーン店の大衆居酒屋にしたのは自分の趣味と、仁麻に大金使うのがもったいなかっただけである。
「話の通りなら今頃は篠ちゃんもお家でご両親と面談中かー。大丈夫だと思う?」
「さあ、ねえ…お嬢さまの態度からして、お嬢さまの方の問題がクリアになれば案外あっさり解決しそーではあるッスけど…」
「麻季ちゃんがそー言うならそーなんでしょ。とりあえずこっちはこっちで楽しみましょ。あ、店員さーん!角のハイボールおかーりー!」
はいよろこんでー、と戻ってきたかけ声に、バイトする店間違えてんじゃないのかしら、と呆れる仁麻だった。
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