第21話・きざしは駅前マックの一階で

 「それは住み込みを始めてからわりとすぐのことでした」

 「…なんでまきっち昔話の語り口調なのん?」

 「えーと、そういう気分?」


 万千は「わけがわからん」とくびをひねり、紙のカップの底に残っていたマックシェイクを、音高く空にした。ストローのズズズ、というアレと共に。


 「んー、ごちそーさん。ところで、まきっちノンビリしてていいの?愛しのしのしのが部屋で待ってるんじゃない?」

 「お嬢さまは『担任の先生』に呼びだされて帰りは遅いそうなんで。晩ご飯も外で済ますって話ですし」

 「しのしのが登藤センセに呼びだし、ねえ。なーにやったんだ、あの子」

 「……」


 万千の口振りからして、登藤苑子と浅居篠が半分姉妹関係だということは知らないようだったが、かといって自分が聞きたいこととは関わりが無さそうなので、気にせず続けることにした。




 急遽夕食をキャンセルされたため、仕込んでいた焼売のタネを冷凍庫にしまい、麻季はたまには外食にするかと駅前をうろついている時だった。

 雇用主のクラスメイトである鹿角万千に声をかけられ、なんか奢れと図々しいことを言われたものの不思議と腹も立たず、目の前にあったマクドナルドで冷たいものでも、と店に入ったところ、当然のことながら篠の話になった。

 麻季は仕えるお嬢さまの普段の行状についてあーだこーだと他人に口にするような不作法な振る舞いは普段しないのだが、万千が言葉巧みに誘導したせいなのか、それとも血が半分繋がった姉とどんな話をしてるのか気になって気が緩んでいたのか。

 ともかく、いつの間にか篠が自分の布団に潜り込んでくるので困ってる、という話になっていた。いや、潜り込むといってもベッドの主がいるときには流石にしてはこないが、とお嬢さまの名誉のために強烈に弁護というか弁解はしたけれど。


 「それいつからしてたん?」

 「…えーと、布団に潜り込んでくるということで言うなら…」


 一度口にした以上仕方が無い、と、ここだけの話ですよ、としつこく念押した上で話し始めたのが、冒頭の会話である。


 「そいで、しのしのに夜這いされたって、どゆこと?」

 「言葉は選びましょーね、鹿角さま。まあいいですが。その日のことで言うなら、お嬢さまにクッキーの焼き方を教えてくれとせがまれたんで、手持ちのレシピの伝授をしたわけで」

 「おー、クッキーなんか作れるんだ、まきっち。やるじゃん」

 「メイドの嗜みなんで。というか今どきの女子なら知っててもおかしかないでしょーが。好きな男の子の気を引くくらいのことするんじゃねーすか?鹿角さま」

 「あはは、ないない。あーしみてーなガサツな女に興味持つよーな男おらんでしょ。それでどしたん?」


 謙遜するほど可愛げがないようには見えねーですよ、と麻季は万千も照れるような微笑みを見せて話を続ける。


 「まあ自分の家で初めて作ったにしては上手いこといったんすよ。あたしもほとんど手出ししませんでしたし。で、早速お茶にでもすんのかなー、と思ったらなんかキレーな紙袋取り出してクッキー詰めて」

 「ふんふん」

 「…で、丁寧にリボンまでかけて、誰かにプレゼントかなー、やっぱ変わってるとこあってもお嬢さまも女の子だなー、と思ってたらっすね。あたしに差し出して、『はい、プレゼント』と。まー、少し面くらいはしましたけど、お嬢さま手ずからの贈り物、ってことでありがたく受け取りまして」

 「なるほど」

 「…で、その晩のことだったんす。自分の部屋に戻って、次の朝の朝食考えながら寝よーとしてたら、お嬢さまが枕持参でやってきまして」

 「うんうん」

 「『一緒に寝てもいい?』と。いや流石にその時は焦って立場とか必死に説明してお帰り願ったわけなんすが」

 「………」

 「まー、思えばそれから、っすかね。お嬢さまがあたしの部屋に潜り込んで時々お昼寝するよーになったの。何度言ってもやめてくれないんで、流石にもう止める気にもならねーですが」

 「……………」


 おや?と思った。

 途中まで相鎚をうちつつ聞いてた万千が、ざっくり話し終える頃には無表情でじ~~~っと、麻季を見つめていたからだった。


 「…あのー、鹿角さま?あたし何か妙なこと言いましたかね?」

 「妙なこととゆーんなら割と最初から最後まで妙な話だったけどー。まあでも」

 「はい?」

 「…なんつーか、もーちょっとお嬢さまのこと知ったほーがいいよ、まきっち。本人のことだけじゃなくてさ」

 「はあ…へ?」

 「んー、奢ってもらったんでヒントだけあげる。多分、だけどさ。その、出来事あった日ってもしかして五月の第二日曜日じゃなかった?」

 「五月の……あー、どうでしたかね。五月の日曜日だったのは確かっすけど」

 「あとクッキーの他にお花とかもらわなかった?」

 「生け花はもらってませんねぇ。紙袋を飾ったリボンの細工がお花みたいでキレーでしたけど。あれ崩すのもったいなくて、今もそのままリボンのトコだけ残してあったり……あの?」


 気がつくと、無表情だった万千の顔は呆れ混じりのものになり、そして今は両の腕の肘をテーブルにのせ、両手でなんとも慈愛に溢れた顔つきを支える格好になっていた。

 ただ不思議なことに、麻季にはその慈しむ視線が、自分ではなく篠に向けられていたように思えた。


 「うん、ヒントはこんなとこで。あとはまきっち自分で考えてねぇん」


 困惑する麻季を置き、万千は空の紙カップを乗せたトレーを手に席を立ってダストボックスに片付けると、軽い足取りで店の出口に向かう。

 自動ドアが開くのを待つ一瞬、振り返って麻季に手を振っていたけれど、やっぱり機嫌は良さそうに見えたのは麻季の気のせいではあるまい。


 「…なんだったんだ?」


 割とぼーぜんと、という態でそう呟いてはみたものの、結局万千の言ってたことが理解できたのは、モヤッとした気分のまま迎えた寝入りばなの頃だった。


 五月の第二日曜日。

 日本における、「母の日」である。

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