第22話・not teacher,but...?

 さて、住み込みメイドがお嬢さまの友人に生温かく見守られているころ、雇用主のお嬢さまが何をしていたかというと。


 「いい歳して何やってんのよ。っていうかなんだっけ、『ハマの紅サソリ』?いくつのころ呼ばれてたのか知らないけど、キレてそういうの持ち出して十歳近く年下のひととケンカするとかバカじゃないの?」


 担任の教師に説教していたのだった。

 担任の教師に説教「されていた」のではなく、説教する方であった。

 それもこれも、昨日の三者面談で麻季とやり合ったことで、改めて篠の心象を悪くしたからだろうか。


 「…そこまで言わなくてもいいでしょうが」

 「百歩譲って年甲斐もないおバカな自己顕示はいいとしてもね、学校で教師のやることじゃないでしょうに。そんなんだから生徒の間で『キレる三十代』とか『スーツの裏地は昇り竜』とか『特攻ぶっこみの苑』とか言われるのよ。最後のは意味分かんないけど」

 「それ誰が言ってんのッ?!最初のヤツなんか完全なウソじゃないの!」

 「三十代、ってとこだけでしょ。っていうか他のは事実なわけ?」


 流石にこの会話が教室だの教務室だのといった人目のあるところで交わされていたら登藤苑子も教師生命的にはスリーアウトだろうが、生憎と言うべきか幸いと言うべきか、問題を抱えた生徒と教師がひざ突き合わせて会談を行うのが本来の役目である生徒指導室だった、というのが救いだ。問題抱えたのが教師の側、という点が篠にとってはえらいもにょる事実だが。


 「…とにかく、これ以上うちのメイドとアホな角突き合いはやめてちょうだい、バカお苑」

 「仮にも教師であり且つ姉でもある存在に向かって言っていい台詞ではないでしょう」

 「尊敬出来ると判断した相手なら立場とか歳とか関係無く敬意は払います。立場を笠に着てそれを強要するっていうならそろそろ縁切るわよ」


 あとあの時わたしのことをおつむがどーのとか言うてくれたわね、と言うと苑子は目を逸らして舌打ちしていた。本当に、どちらが教師でどちらが生徒か分からなくなる光景なのだった。


 「で、話があるから顔見せろ、というから来てみたわけだけど。わたしの方は言いたいこと言ったからあとはお好きなように」


 耳に入れるとは言ってないけど、と聞こえよがしに言うものだから、苑子の方も歯噛みして、口の達者な妹の横顔を睨み付ける他ない。ちなみに篠、体を横にして背もたれに肘掛けのようにして腕をのせる姿勢になっていた。誰がどー見ても確かに「聞く耳もたねー」という格好である。


 「………くっ、まあいいわ。今日の私はただのメッセンジャーなのだしね。いい?親父様からの伝言」

 「話は終わったわね。帰る」

 「逃げる気?」

 「………」


 腰を浮かせかけた、どころか完全に立ち上がって荷物を持ち上げた手を下ろし、仕方なく椅子に座り直す。


 「…自分で追い出しておいて今さら何を言うのか、聞かせてもらいましょうか」

 「追い出した、っていうのは事実でしょうけど。でも親父様もいくらか後悔はしているようだし、いい加減家に帰ったら?親の金で家出してる、なんて状態が威張れる状況じゃないってことくらい、あんたなら分かるでしょうに」

 「今のマンション買い取るくらいのお金ならあるわよ」

 「そういう問題じゃない。あんたがそこまでやれることくらい、親父様も承知の上でしょう。いい加減あのひとも歳だしね。末っ子に造反されて堪えてんのよ。…ねえ、篠?どんなに抵抗したってあのひととあんたが血の繋がった親子だって事実は覆らないんだから、適当に折り合いつけて心穏やかに暮らせる程度には歩み寄ったら?」

 「余計なお世話よ。わたしと同じような目に遭ってグレてたお苑に言われたくない」

 「…そこんとこは返す言葉もないわね。あとさ」

 「なによ」


 言うべきことを言ったためか、ほんの少し柔和な表情になった苑子は、それでも躊躇いがちに言葉を続けた。


 「あんたがご執心の、あんたんとこのメイド。あの子何なの?結構ぽやんとしてるけど、アレなかなかの筋モンよ?」

 「……お苑と一緒にしないでよ。麻季はそんなんじゃない。それにわたしのこと分かってくれてる。一緒に暮らしてればそれくらい分かるわ」

 「実の家族と十何年も一緒に暮らしてさっぱり理解が進んでいないあんたが言ってもね…」

 「なんですってぇっ?!」


 痛いところを突かれたのか、立ち上がって両手で机を叩く。

 苑子はそんな妹の激昂を、さして動じもしない顔でしばし見つめていたが、最後にポツリと言うのだった。


 「…親父様が外でこさえた子のあんたを、だからって放っておいた罪は私にもあるけれどさ。そこまで苛めないでよ……」

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