第19話・自重しない主従、人目と世を憚らず

 「担任の登藤とうどうです。どうぞお掛け下さい」


 教室で待ち構えていた女教師は、無表情にそう言って一応椅子を二人にすすめた。

 応じた麻季の方は、というと、あね?これが?と、マキシマム失礼な態度で対象を指さし、傍らの主に目で問うたところだ。


 「……」


 そんなパツキンメイドのことなど知ったことかとばかりに、担任の教師は生徒だけを睨み付け、言葉には出さずに目線だけで、「はよ座れ」と着席を促した。


 年の頃は…まあ高校で担任を任されているのだから新任というわけでもあるまい。多少トウが立っては見えるが、三十にはなってはいないだろう。多分。篠の姉を称するだけあって、パーツはそこそこ美人を構成するに足るようには見える。メガネの向こうの三白眼を除けば。

 そしてその視線は、麻季の見たところ素人とは思えない鋭さ。カタギじゃない、とさえ思えてしまうのも、生徒用の椅子に腰掛け、机に両肘をのせて手を組んでいる姿がどこか怪しげな組織の司令に見えたから、というのとあながち無関係でもあるまい。

 そんな風に、初対面にも関わらずぶっちぎって無礼な想像を麻季がするのは、隣の篠が苦虫噛み潰したよーな顔でいるからだった。なるほど、自分と仁麻の関係に例えた理由がよく分かる。おじょーさまから見て自分はあの時こんな顔をしていたのか。


 「…いいから早く座りなさい。いくらつもる話もあるから最後に回したとはいえ、残業をするつもりはありません」

 「それはそちらの都合ですよね。でも長居をしたくないのは同感です。お話始めましょうか、せんせい」

 「っ…クチの減らない子供だこと」


 うーん。この空気は真似したくないなー、と麻季は思う。

 まー、なんだかんだ言いながら、仁麻と自分の関係など子供と大人のじゃれ合いみたいなものだ。不本意ながら、見かけとは逆にこちらが子供で。

 それがなんだ、この姉妹は。どー見たところでガキのケンカじゃないか。緊迫感だけはいっちょまえの。


 それが分かったところで麻季は人知れずため息をこぼし、さて部屋を出る前に仕込んできたビーフシチューが無駄にならないで済むだろうかと、生産的な悩みに身を窶すことにしたとかなんとか。


 「…ふん」


 ともかく、腰を落ち着かせないと話も始まらないのだ。

 まだ睨み合ってる姉妹をよそに麻季は、空気読めませーん、みたいな顔でさっさと椅子に座ると、篠も同じようにするのを見届けて、


 「…ところで三者面談てなに話すんすか?」


 と、今更なことを言って二人を呆れさせた。


 「あのね、麻季。こーいうのやったことあるでしょ?」

 「いえ、このナリなんでそーいうのは普通にブッチしてましたし。実は初めてッス」

 「何やってたのよ…」


 何をやってたといわれても、ヤンキーらしく振る舞ってただけだ。ウゼぇ親と先公並べて不貞腐れてた、というのもらしくはあるが、あいにく麻季はそーいうタイプではなかった。


 「…そうね。まず仕事の話からしましょうか。二年一組担任の登藤苑子とうどうそのこです。本日はご足労いただきありがとうございます」

 「あ、ども。保護者代理の旦椋麻季っす」


 目の前の、いかにも教師然とした女性のこめかみに青筋が立ったようだった。確度的に麻季からは見えなかったが。


 「…それで、浅居さんの成績のお話からさせて頂きますが…」

 「はあ」


 どーせ聞いても理解なんか出来ないと思ったが、雇用主の身内と思えばぞんざいな反応も出来ない。ついでに言えば篠の成績とやらにも興味はあったから大人しく聞いてはいたが、全般的に成績優秀と言っていい内容で、面白みは全く無かったりする。


 「…以上です。何かお聞きになりたいことはありますか?」

 「はあ」


 なので、一通り「担任のおはなし」が終わったあとも、始まる前から三割ほど気の抜けた返事をしただけなのだった。


 「ちょっと麻季ぃ?かぶりつきで食いつかれてもドン引きするけど、そこまで気のない反応されるとそれはそれで面白くないんだけど」

 「めんどくせーお嬢さまですね。どう反応すりゃいーんすか。大体あたしからしたら異世界みてーな成績叩き出してるひとに何を注文すりゃいーってんですか。こちとら地元の最低ランク校を辛うじて卒業した身っすよ?こんなお目にかかったことのねー得点見せられて目と耳と口ふさがないだけでボーナスもらってもいーくらいっすよ」

 「そんな自慢にもならないこと自慢げに言わないの。あのね、麻季。あなたはわたしの自慢のメイドなんだからそんなこと気にしなくていい。毎日おいしいごはん作って、わたしの話し相手になってくれて、時々たばこくさいけどお風呂上がりとか寝起きの油断した姿みせてわたしをドキッとさせてくれればそれで充分なの」

 「充分なの、じゃねーですよお嬢さま。一体いつそんなとこに注目してたんすか。ていうか今から契約書確認してきてもいーですか?お嬢さまは可愛いですけどそろそろあたしも身の危険覚えつつあるんで。ここ数日特に」

 「やだ、かわいいだなんてそんなー。麻季だってかわいいっていうか美人だとは思うけどそのぶっきらぼうで時々スキがあるとこなんかわたしの好みにどストライクなの知っててそうゆうこと言う?もうやだー」

 「もうやだー、はこっちの台詞っす。もうそろそろ受けた恩もアイソも尽きるころなんで、帰りに買い物に付き合ってください。文房具屋に。退職願の用紙買いますんで」

 「あなたがわたしに退職願出すのは婚姻届と同時よ。もちろん、わたしとあなたの」

 「冗談も程々にしねーと明日から三食納豆にしますからね。一応混ぜ物と薬味工夫して飽きないよーにはしますが」

 「そういう抜かりのないところ好きよ、麻季?」


 ちらっ。


 オチがついたと判断したところで、揃って様子をうかがった。


 「………」


 無言だった。というか、手も表情筋も一切、微動だにしていなかった。

 そしてこちらもまた無言で顔を見合わせる二人。


 (どーするんすか。これスベって空気がシラケてる、って雰囲気じゃねーっすよ)

 (知らないわよ。大体スベるもスベらないもいつも通りにしてただけじゃない。普段の姿見せて素でこの反応はちょっと辛いと思うんだけど)

 (それよりお嬢さま、お姉さんに何やらかしたんスか。あたしだけならともかくお嬢さままでこうも睨まれるとか仲睦まじい姉妹の姿にはほど遠いんじゃねーすか)

 (一部抗弁したい表現があるんだけど、まあいいわ。そろそろあっちもシビれ切らす頃だし)

 (はあ。何が起こるんですか)

 (見てれば分かるわよ)


 …以上の意思疎通を視線を交差することで行うと、それまで黙って三白眼を左右させて両者の顔を見比べていた担任教師は、自己弁護が終わった亡者に沙汰を申し渡す閻魔大王みたいな口調で、こう言った。


 「篠。そろそろ気が済んだでしょうから、家に戻りなさい」


 ごくり。


 失業の危機に見舞われたメイドの喉が、おおきく鳴った。

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