第18話・麻季にも衣装(似合ってはいた)

 「ありえません」

 「そこをなんとか」

 「あのですね、お嬢さま。あたしこれでもハタチですよ?世間的にはまだまだピチピチですよ?それがなんでじょしこーせーの母親役なんですか。いくらお嬢さまのためとはいえ、守らないといけない線はあるんです」


 というか、パツキンヤンキーのナリでお嬢さま学校なんぞいけますかい、と言ったら丸の内のベテランOLが着ていそうなスーツを差し出された。麻季でも知ってる、ハイブランドの逸品である。


 「…サイズは?」

 「そのメイド服を誰が調達したと思ってるの。麻季のサイズなんか全身把握してるわよ。変動込みで」


 こわっ?!

 思わず肩を抱いて尻込みする麻季だった。


 それはさておき、スカジャンにダメージジーンズの、仕事ではない時の格好ではなく、支給されたスーツを着て行くことで両者は妥協した。

 ちなみに一方は更なる妥協案としてメイド服で行きましょうか?という提案をしたが、もう一方の「わたしを学校に通えなくさせる気?!」という割と必至な形相の反対に遭って、あえなく頓挫した。

 提案者のコメントとしては、「あなたは学校に知られたら通えなくなりそーな服を普段あたしに着せてんスか」という尤もなものだったのだが、さてそれを普段から完璧に着こなしている身で言えた台詞だったのだろうか。


 それはともかくとして。




 篠の学校の授業参観当日。

 麻季は浮きまくっていた。


 授業参観と銘打ったとはいえ、流石に小学校のように教室の後ろにズラーッと並んで我が子の様子を見守る親(でない者の方が多いようだったが)、という図にはならず、授業時間中に校内を少人数のグループに分かれて案内されるという形式だった。

 もちろん、我が子(繰り返すがそーいう関係ではないことの方が多かった)の教室の前では時間をたっぷり使って教室の中にも入り、様子をうかがうということはあったが。


 で、麻季である。

 スーツこそ一流ブランドのものに身を固め、同行者にもそれが分かるのかあからさまに軽んじられるよーなことはなかったとはいえ、何せ金髪の、それ以外はどー見ても完璧な日本人の、若い女性である。場の空気に馴染んでないことおびただしかった。

 保護者本人ではないからグループ内で顔見知りや知人同士が和気あいあいと我が子自慢やら謙遜大会やらをするような関係ではないとはいえ、他の名目上は保護者な大人たちとは相容れない空気を醸し出している麻季に好んで声をかける者がいるかとなると…。


 「お世話になっております。丸々商事第三営業部長の小田と申します。弊社の得川が浅居様には常々懇意にして頂いておりまして、本日は得川の代理としまして…」


 とか。


 「マエダ芸能の芝田と申します…浅居様にはいつもご贔屓頂いておりまして…今日はお嬢様のご活躍を、と思いまして…」


 といった感じの、篠の実家に関係した筋が、校内をゾロゾロと連れ立って歩いている間中、次々と麻季にアイサツしに来る有様で。


 「………(にこっ)」


 麻季は麻季でわけが分からないし、といってヘタな対応をして結果的に自分が浅居の本家からの注目を集めるわけにもいかないし、と、精神力をゴリゴリ削りながら業務用スマイル「だけ」で乗り切ったのだった。乗り切ったというか、押し通したというか。

 最後の辺りは明らかに脂汗のために化粧崩れした顔で、名刺を差し出した顔を一様にギョッとさせてたのでは、乗り切ったとは言えまい。




 「お待たせー。どうだった?…って、名刺でトランプタワーでも作るつもり?」

 「このナリ見てまず言うことがそれッスか…」


 スーツのポケットから規格サイズの紙片がこぼれ落ちそうになってる麻季を見て、篠の第一声はそーいうものだった。


 「だって化粧はちゃんと直してあるみたいだし、着衣に乱れも見当たらないし、別に問題は無いんじゃないかしら」

 「あのですね、お嬢様。こーいう事態になると分かってたんならあらかじめ言っといてください。ご実家の面子だとか体面だとか考えたら下手なこと言えなくて焦りまくりましたってば」

 「…あー、そーいう。ごめん、ちょっと想像してなかった。考えてみればわたしでもなくて麻季でもなくて親の名前に接触してくるひとはいるもんね。帰りにケーキでも食べていこ?それで機嫌直して」

 「……まあいいですけど。それで」


 何事もなく、にはほど遠い校内ツアーは終わり、学校というものには少し複雑な感情はあったから多少もにょっとしたものはあったが、篠の前ではそんなことはおくびにも出さず、約束の場所で合流。

 これから三者面談、というものに参席させられて、面倒ごとは終わりになる。

 慣れない真似をして疲れた麻季は、ご主人さまのいつもの顔を見られてほっとしないでもなく、篠とならんで教室前の廊下でパイプ椅子に腰掛け順番を待つ。

 予定時間ギリギリでやってきたから、到着と同時にひとつ前の組が入っていったところだ。


 「…お嬢さま」

 「ん、なに?もうすぐわたしたちの番なんだから、後でもいいなら…」

 「いえ、すぐこれからのことなんで。三者面談といーますけど、あたしは何すればいいんで?」

 「出だしは強く当たってあとは流れでお願い」

 「相撲の八百長じゃねーんですから。それとも本気でそれでいーんならその通りにしますけど。入るなりメンチ切って先公が怯んだところで一気にこっちのペースに持ち込むかいうので、ってマジ顔して考え込まないでください。冗談に決まってるじゃないですか」


 冗談のつもりが「それも悪くないかも」みたいな顔をされたのでは、ついさっきまで愛想笑いで顔面を固めていた甲斐も無くなる。

 困ったおじょーさまだ、とでも言いたげに小さくため息をついて麻季は、頭の後ろで手を組んでパイプ椅子に背中を預けて伸びをした。ポケットから名刺がバラバラとこぼれ落ちたが、もらった方も差し出した方もさして価値を見出せなかった紙切れだから、特に気にもとめない。後で外部の清掃業者が、取扱いについて右往左往するくらいのものだろう。


 「で、結局どーすんすか。出入りじゃねーんですから、常識的な顔してろと言われりゃそーしますよ」

 「そうね、近いトコで例えるなら…わたしが仁麻さんに接する時のようにすればいいかな」

 「は?意味分かんねーすよ。なんで今あのドアホウの名前が出てくるんすか」


 一つ前に入っていった、こちらは正真正銘の親子と思われる二人連れが教室から出てきた。

 夕日の差し込む廊下で、こちらに向かって丁寧に頭を下げて、次どうぞ、と告げていく母親の姿には、麻季もあまり反感めいたものも抱かないでいた。

 だから、


 「ええとね、わたしの担任だけどね。姉なの。腹違いの」


 先に立ち上がった篠にそんなことを言われていなければ、この学校に対する印象を少しは改められたかもしれないな、と麻季は後で思ったという。

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