第4話・注文の多い客と注文に忠実な料理人のすれ違い多き食卓

 「晩ご飯は中華って言ったのにっ!」

 「だからリクエストにお応えしてるじゃないですか」


 放課後、特に用事もない限り、篠は四時過ぎには帰ってくる。というより麻季が住み込みを始めてからそれより遅く帰ってきたためしがない。

 きっと友達とかいねーんだろうなあ、と思っても口にしないのは雇用主に対する配慮ではなく、傍若無人のワガママ娘であっても一応は年下の女の子が相手だから、という武士の情けに過ぎないのであるが。

 そんな篠の楽しみといえば、毎度毎度リクエストに忠実に対応してくれる、住み込みメイドの作る夕食。おそらく、早く帰ってくることを揶揄されたならば、「あなたの作るご飯が楽しみで…」とか悪戯っぽく笑みながら言うことだろう。本心は別として。


 「食べたいものがあれば具体的にゆーてくれればいいんすよ…焼きそばが食べたいー、とか今日は麻婆の気分だー、とか。いっつもいっつも曖昧なカテゴリーだけの指示なんで、そっから先はお任せなのかと思うじゃないですか」

 「こないだ作ってくれたのでいいのに…」

 「三日前と同じメニューとか、こちらのプライドが許しませんので。…そんなに気に入ったんすか?ありものでテキトーにでっち上げた八宝菜モドキ」

 「うっ……」


 くたびれかけの野菜に使うのを忘れててそろそろ色の変わりそうだった豚肉、ニンニクこそたっぷり効かせはしたが、味覇とその他調味料で強引に味付けしたものを喜んで食べていたなどとは思いたくない麻季である。曲がりなりにもお嬢さまなのに、舌が安上がり過ぎるだろう、と。


 「黙って食べてたからてっきり口に合わなかったのかと思いましたよ。気に入ったんでしたらちゃんとそう言ってください」

 「…だってそんなの恥ずかし…じゃなくって麻季もわたしの好みぐらい把握して当然でしょ?!」

 「また事あるごとに無茶をぶっ込んでくれるおじょーさまですねぇ…」


 そもそも雇用契約を結んでまだ二週間なのである。好みを把握と言われても漫画やアニメの有能メイドじゃあるまいし、そんな真似ができてたまるか。

 とはいえ、麻希としてはそこそこ手の込んだものを作ったつもりである。お昼の電話のあとに材料を買いに行った割には、ちゃんとしたものを用意できたという自負もある。

 それをないがしろにされたというのでは、ストライキのひとつでも起こしたくなるじゃないか。

 そんな意を込めて雇用主を睨むと、篠は気まずそうに目を泳がせてから食卓の手元に並べられた、竹の皮に包まれたものを指でつつく。


 「けどけど普通中華っていったら熱かったり辛かったりするものじゃないの。中華ちまきって何よ一体っ!」

 「それ作るのめっちゃ手間かかってるんですからね。全部食べきるまでは朝もお弁当も次の夕食も三時のおやつもそれですからね、おじょーさま」

 「…うー」


 立ち上がってひとしきり文句を言った篠だったが、メイドが平然としているのを見て諦めたのか、腰を下ろしてむすーっとした顔のまま、竹の皮を剥き始めていた。

 ちなみにちまきが山と盛られた皿の隣には、同じくらいの高さに積まれた竹の皮。

 いくらかさばるものとはいえ、最初は珍しがってパクついてはいたのである。つまるところ、ただ飽きただけらしかったのだ。付け合わせがザーサイだけでは無理もあるまい。汁物すら無かったのだから。


 「…まあ作りすぎた気はするので。今日食べなくても腐るものじゃないですし、おなかいっぱいでしたら残してくださいおじょーさま。あ、デザートの杏仁豆腐が入るスペースは空けておいてくださいよ」


 麻季も、半ばヤケクソ気味に竹の皮を積み上げる篠の姿には多少気がとがめたのか、すっかり平らげたらご褒美に出そうと思っていた食後の甘味の存在を種明かしするのだった。


 「杏仁豆腐っ?!ちょっともー、この子はどこまでわたしを喜ばせてくれるのよぅ」


 で、機嫌が百八十度でんぐり返ったお嬢さまは、ボウル一杯の杏仁豆腐を前にして更にもう一回機嫌が裏返ったりしたのだが、それはまた別のお話。

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