第3話・有閑メイドのお昼休みの過ごし方

 雇用主である篠を送り出すと、麻希は一通り部屋の掃除を済ませる。

 部屋といっても田園都市線沿いの高級マンションである。普通の一軒家程度の部屋数はあり、マジメにやっていれば一時間程度で済むものではない。

 そして麻希は、どー見てもヤンキーな外見の割りに、家事炊事洗濯の類いに手を抜ける性格ではなかった。故に、朝食の片付けの後に洗濯と掃除を平行して行い、十階建てマンション最上階のアホほど広いバルコニーに洗濯物を干し終える(もちろんお嬢さまと自分の下着などは部屋に陰干しにしている)頃には、そろそろお昼ご飯の頃合いとなる。


 「…あー、だるぅ」


 そんな麻希の昼前の楽しみといえば、自室のバルコニーで吸う一服である。

 それほどキツい銘柄でもなく、一日に吸う本数も、朝起きてすぐとお昼前の今、このあと一日の仕事を終えて寝る前にもう一本吸うくらいのものだから、ニコチン中毒にはほど遠い…と、自分では思っている。

 まあ実際肉体的にはその通りなのだが、タバコの上での失敗が元で前職を失ったトラウマが残っているんじゃないかな、と、とある人物が言っているなどとは知るハズも無い麻季である。


 「おじょーさまは部活も入らないヒマ人な上に友達もいねーからなァ…あと四時間くらいか?……まああたしにも自慢出来るような友達なんざいねぇけど……あー、もしもし?」


 全く建設的でないぼやきを中断したスマホの呼びだし音に、咥えタバコのまま応じる。発信者を確認もしなかったのは、どうせこの時分であれば夕食はあれが食べたいこれが食べたいお弁当のオカズが良くなかったから明日はこーしろとかいった雇用主からの電話ばかりであるから、だったりするが。


 「はぁい☆愛しのお嬢さまからじゃなくて残念だったわねぇん♪」

 「………」

 「あちょっ、無言で切るのやめてくんないっ?!ジョークジョーク、可愛い乙女ジョークだってばっ!!」

 「乙女ってトシじゃねえでしょうが、アンタは」

 「ひっどーいっ!これでもまだ二十代前半なんだゾ☆」

 「今年七月までね。あと二月もすりゃ四捨五入三十路ゾーンへ逝ってらっしゃーいって年甲斐もねーぶりっ子がリアルハタチの従姉妹に何の用事ですかい」

 「…多分他の人が今の会話だけ聞いたら麻季ちゃんの方がオバちゃんだと思うよ?」

 「……うるせーですね」


 会話の流れのウザさに黙って通話を切ろうとしたのだが、これでも家出同然に上京した身を世話してくれた親戚である。無下にすると親にどんな報告が行くか分からない。

 仕方ないので、ブスったれた声で不満を表明するだけにとどめて、会話を再開した。


 「大体、麻季ちゃんだってハタチハタチって言ってももうすぐ二十一じゃんね?ハタチ過ぎると年取るの早くなるよー?」

 「…話はそれだけですか。こちとら仕事のサイチューなんです。二十四にもなってモラトリアム全開で大学生やってるヒマな人と一緒にしないでください」

 「モラトリアムってんじゃなくって、仕事しながら大学院に通ってんだけどなあ」

 「どーでもいいですよ。それで話はそれだけですか。親から様子探れって言われてるんでしたら、あなた方のかわいくない娘は路頭に迷って彼岸の彼方に旅立ちました、どうか不出来な娘のことなど忘れて末永く健やかにお過ごし下さい、が遺言でした、とか言っといてください」

 「そこまで捻くれる必要は無いと思うんだけど」


 とはいえ、実態以上に心象を悪くしたら強制的に連れ戻されるのは、間違い無い。四つしか歳が離れてないとはいえ、親戚連中からのウケは自分と比較にならない(言動を見てると全く納得のいかない話だったが)従姉妹には、お為ごかしとお愛想をココロにもないお世辞で巧みにデコレートして、せいぜい悪くない報告をしてもらえるようにあしらって、麻季は通話を終えた。通話時間、十二分強。思ったよりも長く話していたようだった。


 「……ったく、昼飯の時間が減るじゃねーか。つってもおじょーさまのお弁当のおかずの余りがあるし、それでさっさと済ます…あーもう、今度は誰だっての。はいもしもし旦椋…」

 『麻季ぃっ?!今日のお弁当はどういうことなのかしらっ!!』

 「…はあ?お嬢さまですか?何ですいったい」

 『何です、じゃないわよぐっじょぶだわよこのおバカ!」

 「グッジョブなら罵倒する必要はねーでしょうが。お褒めの言葉なら帰ってから伺いますから心安まる昼休みの邪魔しねーでください」

 『あ、そうそう今日の晩ご飯だけど中華が食べたいな』

 「脈絡がねーったらこのひとはもう…」


 どうせまた昼休みにぼっちを拗らせて話し相手に困ってるんだろう、とあたりをつけ、仕方なくという態で午後の授業の予鈴が鳴るまでの間、会話に付き合う。


 そんな感じで住み込みメイドの換算時給は目減りをしていくのだが、前職の時と違って不思議と麻希は、労働争議に持ち込む気にもならないのだった。

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