7
急いでさっきまでいた手術室の前まで行く。
すると看護師さんが待ち構えていて、オレ達に気づくと声をかけてきた。
「リュウジさんというのは…?」
「ぁ…オレです」
「…わかりました。…それでは、今から会って頂くわけですが、患者さんの体力を考えて、3分とさせて下さい」
そこまで話すと、少し笑みを浮かべてリュウを見つめた。
「…お会い出来て嬉しいです。貴方の事は、すみれさんから伺っておりました。
ごめんなさいね。もう少し、時間をあげたいとこだけど…」
「…ぇ……オレの事は何て?」
「初恋の人だって伺ってますよ」
と、にっこりと笑った。
そして再び看護師の顔に戻ると、
「……気持ちをしっかり持って、時間を有効に使って下さい」
……ぇ…?
どういう意味だ?
疑問符で頭の中をいっぱいにしていると、
「テツも一緒に来てくれ」
「…へ?オレも?!」
「お前が一緒だと冷静でいられそうな気がする」
「……わかったよ」
自動扉が開き、中に入る。
すみれちゃんは、手術台の上に寝かされていて、両手首から色んな管が出ていて、口には人工呼吸器なのか、透明のマスクの様なものをつけていた。
オレ…良くわかんねぇけど、帝王切開って大変なんだな…
すみれちゃんの傍まで行き、リュウが顔を覗かせながら、名前を呼んだ。
愛おしそうに名前を呼ぶ。
「……すみれ」
すると、それに応えるように、すみれちゃんの瞼がゆっくりと開いた。
もう一度優しくその名前を呼ぶ。
「…すみれ…」
「ぁ……龍…児…さん…」
呼吸器のせいで、声がくぐもって聞こえる。
オレは、すみれちゃんの視界に入らないように、扉の近くに立った。2人っきりの空間にしてやりたいと思ったから…
「……龍児…さん…ありが…とう…」
消え入りそうな声を聞き逃さないように、リュウは、キスでもするんじゃないか?つーくらい、顔を近づけている。
すると、すみれちゃんは徐に酸素マスクを外した。
「ばっ!…外すなよ」
リュウが、もう一度かけようとすると、
「…いいの…これぐらい…大丈…夫…貴方と…話す…事が…大事…」
「……すみれ…?」
オレからは、2人の表情は見て取れないが、この空気…さっきの看護師さんの言葉…
オレには耐えらんねぇ…今すぐにでも2人に駆け寄って「辛気臭い顔してんじゃねぇよ!」て……ど突きたいくらいだ…
だけど…たぶん…2人にとって…本音で話せるのは、これが最後だと思うから…
「……今日…貴方に…会え…て…良かっ…た…顔が…見れて…」
リュウは、ただ手を握って頷くだけ。
「……あの頃…に……戻った……みたい…」
「……そうだな」
乱れた髪を梳いてやるように触れた…
いつもと違って穏やかな声色で…。
「……すみれ…今…幸せか?」
「………ぇ…」
「……ぁ…悪い。赤ん坊が産まれたばっかなのに……幸せに決まってるよな? ったく、何、訊いてんだ?オレ…。」
珍しく取り乱して、自嘲気味に笑った。
「……龍児…さん…………………欲し…かった…」
「ん?何?」
「…貴方との……子供が…欲しかった…」
「……っ!!」
……なっ?!
「…変な事…言って…ごめ…んね…?
……運命…受け入れた…つもり…だったけど……。 最期くらい…弱音…吐いて…いいよ…ね?」
「ばっ…バカな事…言ってんじゃねぇよ…!最期って…何だよ……これからだろ?なあ…?」
そこに、自動扉が開き先程の看護師さんが。
「……そろそろ宜しいですか…?」
「…はい」
オレがリュウの代わりに返事をすると、看護師さんは、ゆっくりとすみれちゃんの方に近づいていく。
リュウは、伏し目がちに看護師さんに視線を送ってから、再びすみれちゃんの顔を覗き込み、頬に触れた。
「…またな。赤ん坊でも見に来るよ」
すみれちゃんは、涙をいっぱい溜めて、コクンと頷いた。
看護師さんに一礼してから、こちらに向かって歩いてくる。
リュウはオレの姿を確認すると、扉が開く僅かな隙に告げた。
「ここでの会話、墓場まで持ってくぞ」
それは、これからのすみれちゃんを思いやってのこと。
でも……
生きてるすみれちゃんに会う事は、二度と無かった…。
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