急いでさっきまでいた手術室の前まで行く。


すると看護師さんが待ち構えていて、オレ達に気づくと声をかけてきた。


「リュウジさんというのは…?」


「ぁ…オレです」


「…わかりました。…それでは、今から会って頂くわけですが、患者さんの体力を考えて、3分とさせて下さい」


そこまで話すと、少し笑みを浮かべてリュウを見つめた。


「…お会い出来て嬉しいです。貴方の事は、すみれさんから伺っておりました。

ごめんなさいね。もう少し、時間をあげたいとこだけど…」


「…ぇ……オレの事は何て?」


「初恋の人だって伺ってますよ」


と、にっこりと笑った。   


そして再び看護師の顔に戻ると、


「……気持ちをしっかり持って、時間を有効に使って下さい」



……ぇ…?



どういう意味だ?



疑問符で頭の中をいっぱいにしていると、


「テツも一緒に来てくれ」


「…へ?オレも?!」


「お前が一緒だと冷静でいられそうな気がする」


「……わかったよ」



自動扉が開き、中に入る。


すみれちゃんは、手術台の上に寝かされていて、両手首から色んな管が出ていて、口には人工呼吸器なのか、透明のマスクの様なものをつけていた。


オレ…良くわかんねぇけど、帝王切開って大変なんだな…



すみれちゃんの傍まで行き、リュウが顔を覗かせながら、名前を呼んだ。



愛おしそうに名前を呼ぶ。



「……すみれ」



すると、それに応えるように、すみれちゃんの瞼がゆっくりと開いた。


もう一度優しくその名前を呼ぶ。



「…すみれ…」


「ぁ……龍…児…さん…」



呼吸器のせいで、声がくぐもって聞こえる。


オレは、すみれちゃんの視界に入らないように、扉の近くに立った。2人っきりの空間にしてやりたいと思ったから…



「……龍児…さん…ありが…とう…」



消え入りそうな声を聞き逃さないように、リュウは、キスでもするんじゃないか?つーくらい、顔を近づけている。


すると、すみれちゃんは徐に酸素マスクを外した。


「ばっ!…外すなよ」


リュウが、もう一度かけようとすると、


「…いいの…これぐらい…大丈…夫…貴方と…話す…事が…大事…」


「……すみれ…?」



オレからは、2人の表情は見て取れないが、この空気…さっきの看護師さんの言葉…

オレには耐えらんねぇ…今すぐにでも2人に駆け寄って「辛気臭い顔してんじゃねぇよ!」て……ど突きたいくらいだ…

だけど…たぶん…2人にとって…本音で話せるのは、これが最後だと思うから…



「……今日…貴方に…会え…て…良かっ…た…顔が…見れて…」



リュウは、ただ手を握って頷くだけ。



「……あの頃…に……戻った……みたい…」



「……そうだな」



乱れた髪を梳いてやるように触れた…


いつもと違って穏やかな声色で…。



「……すみれ…今…幸せか?」


「………ぇ…」


「……ぁ…悪い。赤ん坊が産まれたばっかなのに……幸せに決まってるよな? ったく、何、訊いてんだ?オレ…。」 


珍しく取り乱して、自嘲気味に笑った。



「……龍児…さん…………………欲し…かった…」


「ん?何?」


「…貴方との……子供が…欲しかった…」


「……っ!!」



……なっ?!



「…変な事…言って…ごめ…んね…?

……運命…受け入れた…つもり…だったけど……。 最期くらい…弱音…吐いて…いいよ…ね?」


「ばっ…バカな事…言ってんじゃねぇよ…!最期って…何だよ……これからだろ?なあ…?」



そこに、自動扉が開き先程の看護師さんが。


「……そろそろ宜しいですか…?」


「…はい」



オレがリュウの代わりに返事をすると、看護師さんは、ゆっくりとすみれちゃんの方に近づいていく。


リュウは、伏し目がちに看護師さんに視線を送ってから、再びすみれちゃんの顔を覗き込み、頬に触れた。



「…またな。赤ん坊でも見に来るよ」



すみれちゃんは、涙をいっぱい溜めて、コクンと頷いた。


看護師さんに一礼してから、こちらに向かって歩いてくる。


リュウはオレの姿を確認すると、扉が開く僅かな隙に告げた。



「ここでの会話、墓場まで持ってくぞ」



それは、これからのすみれちゃんを思いやってのこと。




でも……


  


生きてるすみれちゃんに会う事は、二度と無かった…。










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