「……えっと…」



訊きたい事は、山ほどある。

でも何から切り出せばいいのか…


オレなんかよりずっと思う事が沢山あるであろうリュウは、押し黙って視線を落としたまま。


「…その…如月さんと、ご両親には連絡した?」


「…はい。旦那さまは、間もなくいらっしゃると思います。社長と奥様は、今、海外出張中で…いらっしゃれません」


……何だよ…それ…娘が闘ってんだぞ。


…ぁ…


「……もしかして…すみれちゃん…」


最期だと思ってリュウに会いに来たのか…?


いや…そんな事…ねぇよな…



「やっぱ、何でもねぇ」



「薬師寺?!」


声の主の方を見ると、スーツ姿の男性が目の前に立っていた。

考え事をしていたせいか、傍に来るまで全く解らなかった。



「旦那さま!」



……えっ!?


メガネさんが勢い良く立ち上がったので、オレらもつられて立ち上がる。



「すみれの様子は?」


「…はい。詳しい事は解りませんが、恐らく当初から予定しておりました、帝王切開手術が行われてると思われます」


「当初から?」



訝しげな表情になった如月さんが、何か訊こうと再び口を開きかけた時、リュウの姿に気づき、一瞬動きが止まった。


ん?リュウの事知ってる?


如月さんがリュウを見て固まっていたが、背後に視線が移ったのでオレもそっちを見てみると、白髪混じりの厳しそうな男性がこっちに向かって歩いてきていた。



「…社長…」


社長…?て事は、すみれちゃんのお舅さん?


「おい!どうなってる?」


「…今…帝王切開で…」


「何?! ちゃんと産まれてくるんだろうな!」


「…はい」


「全く!家を抜け出して何をしてるのかと思えば…無責任にも程がある」



うわぁ……独裁ジジィか?!


そのジジィと目が合ってしまった。やべ。



「君達は?」


「オレらは、すみ…」

れさんの友人ですと、言いかけてリュウに止められた。


「…オレ達は、道端に倒れていた彼女を送ってきただけです」


?!


「そうか。それはご苦労だったな。もう帰っていいぞ。 しかし、君達のような人間が彷徨いている場所に、家を抜け出して出掛けるとは、清純そうな顔をして、とんだ女だったな」


「っ!」


「テツ!」


何で止めんだよ!この糞ジジィ、一発殴ってやらないと気がおさまらねぇ!

オレらの事 はいい、すみれちゃんは命がけで闘ってんだぞ!


オレが納得いかねぇ空気になってる中、手術室の扉が開いた。



青い手術着を纏った医者が現れた。


如月さんが傍に駆け寄ると、マスクを外しながら、「ご主人ですか?」と訊いてきた。「はい」と、如月さんが答えると、それまでの険しい顔が一変して、表情を崩し、


そして…


「おめでとうございます。男の子ですよ」


…と。



……え…


ぁ…はあぁ…産ま…れた…?


ゃ…やった…やったじゃん…



オレはホッとして力が抜けてく感覚に襲われたが、隣のリュウを見ると、ヤツも同じ感覚だったのか、何とも表現し難い顔になっていて、お互い笑いを堪えながら拳をコツンと合わせた。


  

「ただ…950㌘と、超低体重ですので、このままNICUで様子を見ていく形になります」


「わかりました。……それで…妻は…?」


「その事でお話があります。こちらに」



別室に促すように、手を進行方向に向けた。


すみれちゃん、あまり具合が良くないのかな…?

 


「テツ、帰るぞ」

 

「…え?何で?」


「オレ達の役目は終わった」


「えっ…でも…心配だろ?」


「……如月さんがいるから…大丈夫だ」



……リュウ…。


「…わかったよ」


メガネさんに軽く挨拶して帰りかけた時、


「待って下さい!」



背後から声をかけられ振り向くと、如月さんが慌てた感じに駆け寄ってくる。


その肩越しに、あの糞ジジィがめっちゃ睨んでた。


やべ。正直、関わりたくない。



「まだ、何か?」



リュウの付け入る隙の無い氷のような表情。


そんな表情に圧倒されたのか、言葉を探すように視線もさまよっている。


伊達に族のトップを張ってる訳じゃない。

拳以前に、この視線だけで服従させた輩も大勢いる。



「…如月さん? 何も無いなら、オレ達はこれで」


冷たく突き放した。


こうする事が、コイツなりの優しさ。わかりづれぇけど。



「ぁ…あの、待って下さい!貴方にお話したい事があります」


「話というのは?」


「それは……ここでは、ちょっと…

なので、少しお待ち頂けますか?」



リュウは、如月さんの瞳を真っ直ぐに見つめ、それから小さく息を吐いた。



「解った。ただし、通りすがりのオレ達には、何も話すことなんて無いからな」


「ありがとうございます」



如月さんは、気持ち良いくらいのお辞儀をすると、踵を返し戻っていった。




「売店の横に自販機あったし、コーヒーでも奢ってやるよ」


「悪いな」



気がついたら喉がカラカラだったし、少し気持ちを切り替える必要もあったから。



「メガネさんも、一緒にどう?」


「いえ…私は、ここで」


「そっか…じゃ何かあったら呼んで?」


「はい。かしこまりました」



こんなオレ達にまで、ホント丁寧だよな。

真面目つーか、可愛いつーか、変わってねぇよな。



足下の非常灯位しか点いてない暗くて長い廊下を抜けると、広い玄関ホールに出た。


静まり返った空間。5月だというのにひんやりと冷たささえ感じる。


とっくにシャッターが下りてる売店の横に目的の自販機があった。


ジャラジャラと小銭を入れ、缶コーヒーを2つ買うと、1つをリュウに放り、目の前の長椅子に座ってから、プルタブを開けた。


大きく息を吐き、眩しい位の自販機を眺めた。



「なあ…話って何だろな」


「…さあな」


「如月さん…気づいてる」


「…そうだな……すみれのためにしらを切るぞ」


「……おう」



たぶん…リュウは、今でもすみれちゃんの事が好きだ。


ごめんな…。気の利いたセリフ言ってやりてぇけど……何も浮かばねぇ。



「メガネさん、変わってなかったね」


「…そうだな…」


と、口許に薄く笑みを浮かべた。


それだけなのに、オレは少しホッとした。



そこへ、カツカツと革の靴音が近づいてきた。


ああ。噂をすれば影。メガネさんだな?



「一条さま!至急お願いします!」



どした? 医者との話、もう済んだのかな?



「お嬢さまが…すみれさまが会いたいと、仰ってるんです!」









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