「遅くなってすみません!」


メガネさんがそのまま走りながら、オレ達のところまで来ると、リュウは、待ち構えていたように立ち上がってメガネさんの襟元を掴んだ。



「何か秘密にしてる事あんだろ?」


「リュウ、落ち着け。お前は、もう他人なんだぞ。その辺わきまえろ!」



その時、バン!と勢い良く扉が開いて、看護師さんが慌ただしく出て行った。


別の看護師さんが手術室に入ろうとしたところをメガネさんが捕まえて問いただした。


「何かあったんですか?」


「御家族の方ですか?」


「いえ…実家の従業員です」


「それでは、詳しい事は申し上げられません」



看護師さんは、再び慌ただしく手術室に消えていった。


しばらく手術室の方を見ていたメガネさんは、リュウの方に向き直り、口を開いた。



「お嬢さまが、心疾患だという事は、ご存知ですか?」



心…疾患…?



「心臓が…悪いのか?」


「…やはり、ご存知じゃなかったんですね…。一条さまには、お話しになった方がいいと、再三助言申し上げてたのですが…。 それほど、貴方さまとの時間がお嬢さまにとって、貴重で幸せな時間だったのでしょうね」



そんな含みのある言い方にイラついたリュウは、再びメガネさんに掴みかかった。


「どういう事だ?説明しろ!」


「そうですね…もう…時間が無いかもしれない。全て、お話します」



メガネさん(本名薬師寺さん。下の名前は知らない)は、どこか幼い印象で、しかも堅物だったから、オレらの揶揄いの的になっていた。


すみれちゃんの傍でタバコを吸うと、めっちゃ怒るし、リュウがすみれちゃんを単車のケツに乗せてやると、スカートではしたない_とか言って慌ててたし、

そもそも、オレらと付き合い始めた頃なんて、話しただけでも大騒ぎたった。


そんなメガネさんが、「時間が無い」なんて言ってる。あの頃の雰囲気とは明らかに違っていた。



「……有栖川は、元財閥の家柄ですが、最近は事業が振るわず、衰退している事は、経済界の中では周知の事実でした。そこに如月グループとの縁談が持ち上がったのです。すみれさまが嫁ぐことによって、有栖川は地位を如月は名誉を手に入れる事が出来るのです」


政略結婚なんて…時代劇の中だけだと思ってたのに…


「すみれさまは、断固拒否なさっていたのですが……」



そこで、メガネさんは言葉を詰まらせ俯いてしまった。



「メガネさん…?」


「……すみません」



顔を覆ってるメガネさんの手が、小刻みに震えていた。



「まあ、座って話そうぜ」


 

オレは、手と同じように震えていたメガネさんの小さな肩を抱いて長椅子に誘導し、リュウには目で座るように促した。



「……有栖川に援助する条件は…もう一つあって…それは……男子を産む事でした」



ますます時代劇の世界だな。


「産まれた事を確認してから全額援助するというものでした……。

しかし…心疾患の妊娠、出産は……命の危険を伴います」


「…えっ?」



オレとリュウは、真ん中に座らせたメガネさんを勢い良く見た。


命…の…危険…?


だって…もう…実際…すみれちゃん、妊娠してるじゃん…?



「勿論、ご両親はその事はご存知なのですが…必ず命を落とす訳ではないと…この事実を如月側には伏せて条件をのみ…この話を進めたのです」


…は?なんだよ…それ……



「すみれさまは、ご両親のこの対応にかなりのショックを受けられまして……この話を承諾なさいました…」


「ぇ…何で?!」


「子供さえ産めば…みんな幸せになる……

一条さまとお別れするのだから……死んでも構わないと…仰って……」

 

「……!!」



手術室のランプは、まだ点灯したままだ…









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