その崩れる背中があまりにも美しくて、オレは直ぐに動く事が出来なかった。



「……すみれ…ちゃん?」



ちょっとずつ…ちょっとずつ…距離を縮めていき…顔を覗く…



なに…?!



顔色が悪いとか…そんなレベルじゃなくて…顔に色そのものが無かった。


それは…まるで…


_て、んな訳あるか!


「すみれちゃん!おい!すみれちゃん!」


抱き起こして揺すってみたけど反応が無い。


おい……嘘だろ!? こんな…こんなのって



「すみれちゃん!戻ってこい!」


「テツ!どうした?!」


振り返るとリュウが直ぐ後ろに立っていて、オレの肩越しにすみれちゃんを確認すると、一瞬で顔色が変わった。



「何があった?」


「わかんねぇ。急に目の前で…倒れて…」



リュウは、脈を診たり、すみれちゃんの口許に耳を近づけて、息をしているかどうか確認したり、一見冷静に見えた。

 


「テツ、表に行って、メガネ呼んで来い。どうせ車の中で待ってんだろ」



落ち着いた声でオレに言うと、すみれちゃんを抱えて事務所に戻って行った。


メガネというのは、すみれちゃん専属の執事兼運転手で、有栖川からすみれちゃんとともに如月家に嫁いだ?!らしい。


工場の外に出て、いつも停めていた場所まで行ってみる。


いない?


隣の倉庫も見てみたが誰も居なかった。



夜の7時。


そんな遅い時間じゃないけど、すみれちゃんひとりで来たのかよ。


倉庫街のこんな街灯も少ないところに。



何で?




事務所に戻ると、すみれちゃんはソファに寝かされていて、意識も戻ったみたいだった。



「すみれちゃん…どう?」


「大丈夫だと思うが、かかりつけの病院に連れて行った方がいいな」


「…リュウ…ゴメン。…慌てちまって…」


「気にすんな。……で?メガネは?」


「……居なかった」


「……は?」


「居ねぇんだよ。信じらんねぇけど、すみれちゃん…ひとりで来たみたいだ」



すみれちゃんを寝かせているソファを背もたれにして、リュウは手で口許を覆って思考を巡らせている。



「救急車」


「…え?」


「救急車呼べ」


「…お、おう」


「ダメだ」


「は?」


外に行きかけてたオレは、たぶんマヌケな声を出したと思う。



「アキ、何故だ?」


「姉貴が呼んじまって、説教されてた」


そうだ。宮内は、すでに伯父さんなんだ。

 

「すみれ?お前、携帯持ってたな?バッグの中見ていいか?」



すみれちゃんは、小さく頷いた後、消え入りそうな声で「ごめん…な…さい」と呟いた。もっと何か話したそうだったけど、「もう話すな」というリュウの言葉に阻まれたから。

話すのも辛そうって…何かあんじゃねぇの?


リュウは、黒革の高級そうなバッグから携帯を取り出し、慣れた手つきで操作を始める。


耳にあてたので、誰かに電話し始めたようだ。

その誰かが出る間リュウが、「ストラップ、まだ付けてたのかよ」て、呟いた。

すみれちゃんに話すというよりは、独り言に近かったと思う。完全に背中向けてたし。すみれちゃんにも聞こえてたかどうだかわからない。


あのストラップ、水族館デートした帰りにここに寄って、嬉しそうに見せてくれたんだよな。リュウは、携帯持ってねぇから単車のキーに付けて。



「オレだ。一条だ。そんな挨拶は、いい。すみれが、こっちに来てる。さっき倒れてな。ああ。大丈夫だが…病院に…は?」


メガネさんにかけてるみたいだけど、リュウの様子がおかしい。


「どういう事だ。説明しろ…いや、いい。急いで連れてく。病院は? 解った。お前も直ぐに来い。如月さんへの連絡は、お前に任せる。後できっちり説明してもらうからな」



リュウは電話を切ると、すみれちゃんに向き直った。


「今から病院連れてってやる」


「…ごめん…な…さい…本当に……ごめんなさい…」


すみれちゃんは、大きな瞳からぽろぽろと涙を零した。



「謝罪は、元気になってからだ。それより、オレの手、力いっぱい握ってみろ」

 


……リュウ?



「いいから」


戸惑ってるすみれちゃんの手を取って握らせた。

それから、「だよな」と、小声で呟くと、すみれちゃんの手を戻して立ち上がり、オレと視線がぶつかった。



「……テツ、アレまだ持ってるか?」



…アレ?




*****




「マジかよ」



リュウのケツにすみれちゃんを乗せて、オレのアレで2人を縛った。 


アレというのは、昔、単車に乗る時、頭に巻いてた超長いハチマキの事。

長過ぎて、後輪に巻き込まれそうになってから巻くのをめてた。



「すみれちゃん、一応きっちり縛ったけど、リュウの身体にしっかりしがみついててね。昔みたいに」


あっ…すみれちゃん、笑ってくれた。



「馬鹿な事言ってねぇで、しっかりオレの後ろついて来いよ」


「誰に言ってんだよ。特攻隊長だっつーの。そっちが遅かったら、後ろから煽ってやるよ」


オレも自分の単車に跨がり、キーをまわす。



「アキ、悪いな。ここには、お前とタカシだけ残して、後は帰せ。トラの事も頼んだぞ」



眠ってしまったトラ君を抱っこしながら、親指を立てて応える宮内。


まさかな、リュウがすみれちゃんを乗せて走る日がまた来るなんてな。


リュウのテールランプを見つめながら、そんな事を考えていた。





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