紫津木が不在の時は、オレが愛ちゃんを守る。



「愛ちゃんも答えなくていいからね」


「ぇ…何? …オレ…大丈夫…だよ…?」


だから、無理に笑わなくていいんだって。



「愛ちゃん? 手ぇ握るよ」



愛ちゃんの傍まで行って、予告してから、そっと手に触れた。



「震えてるみたいだから…」



オレの一言で愛ちゃんの大きな瞳から、涙がポロポロ零れだした。



「……ごめんね…オレ……まだまだだね。ヘヘッ…」



愛ちゃんが無理して笑う度、オレの心臓が握り潰されてるみたいで、苦しくなる。



「…なあ、シノ_」



シノの顔を見たら、言葉を失ってしまった。

コイツ…あんな質問しておきながら、すっげぇオロオロしてる。

泣かれて慌てたか?

悪いヤツじゃねぇんだけど…な。



「お前さ、どんな質問したのか、解ってなかったのか?」



驚いたように目を見開いた。



「やっぱそうか…」



愛ちゃんに向き直り、手を握ったまま語りかける。



「ごめんね…コイツ、悪いヤツじゃないんだ。コイツも、紫津木の知り合いで…、その…」


何て言えばいいんだ?



「紫津木藍とケンカした相手です」



は?


シノは、少し距離をとった場所に正坐した。


ケンカでいいのかよ。



「…ケンカ…?」



愛ちゃんが確認するように、オレを見た。



「そう。前に話したケンカの相手がコイツなわけ」


「…ぁ…ボコボコにされた_ていう? ぁ…ごめんなさい」


愛ちゃんが小動物のようにシノを見た。さしずめシノは、狼ってところか?



「ボコボコにされました。紫津木藍は強いですね」


苦笑いを浮かべてる。



「藍に対する誤解は、解けた?」


「……ぇ?」 


「藍と何か揉めて、ケンカしたんじゃないの?」


「いや……自分の力を試したかっただけで…」


「…そう。藍は、意味の無いケンカはしないって言ってたから、藍も何か思うところがあったのかもしれないね」


「…そう…なんですか?」


「それに…あの頃、オレの事であること無いこと色々言われてたみたいだから…ごめんね…。手とか足とかに、いつもよりちょっとだけ力が入っちゃったと思うんだ」


「そうですね」と、シノは、弱々しく笑ってから、深々と頭を下げた。


「…失礼な訊き方してすみません。

ただ…アイツに、どう接したらいいか…答えが見つからなくて…」


「アイツ…?」



愛ちゃんの震えは、もう止まっていて、シノを真っ直ぐに見据えていた。



「片思いの相手か?」


チラッとオレを見て小さく頷いた。



「アイツ……好きでもない男に…抱かれてる…」

 

 

……ぇ…?


……ぁ……えっ……?



「そんな事させたくねぇけど、オレ達出会い方が最悪で…はっきり言って嫌われてっから…」



ごめん…オレ…コイツの事、可愛いと思っちまった。


どっからどう見ても不良なのに、正坐して肩落として、恋の悩みを打ち明けてる。


オレの前じゃ、こんなに話したことねぇのに、これも愛ちゃんマジックか?



「そっか…それじゃ、えーと…その彼女?」


「…男です」


「…ぁ…ごめんね。その彼について教えて?こんなオレにもアドバイス出来る事があるかもしれない」



オレは、聞かない方がいいかもな。



「愛ちゃん? もうコイツの事怖くないよね?」


「うん。大丈夫」

 

 

今度の大丈夫は、本当だな。


「オレ、あっちのチームに行ってるから、色々訊いてやって。もし辛くなったら、いつでも呼んでもらって構わないから」



「うん。ありがとう。頑張るね」



可愛いな、オイ。



オレは、シノに目配せしてから、キッチンに向かった。


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