第20話 ネプチューンと名のる男

 ブナやクヌギの樹林を抜けると、まるで砂糖のような白く美しい岩肌が二人を待ち受けていた。

 だが道は険しく、風が吹き荒ぶ。

 やがて広がる荒涼たる原野。

 アーロはリバ族の守護石セイレイの波動を感じた。

 おそらくここにかつて暮らしがあったのだと、彼は膝をつき、両手を合わせた。

 サラも同じように鎮魂の祈りを捧げる。



 標高五千メートルのシュガーマウンテン。

 高く青い空に鳥が羽ばたいた。



 悠然と聳える霊峰に耳を澄ました後、アーロはサラを見た。

「ありがとうサラ。付き合ってくれて」

「何言ってるの。私もセイレイを授かった一人よ」と言って胸に手を当てた。



 山腹に流れる川のほとりで二人は休むことにした。

 リュックを下ろし、サンドイッチを頬張る。

 互いに少し照れながら、空腹を満たした。

 アーロは微笑んで言う。

「疲れたろ。肩も足も」

「ううん大丈夫。昨晩はモーテルで爆睡したから」

「……お母さんは、元気?」

「うん。いつも笑顔よ。詩を書いて雑誌に投稿したり……いろいろ楽しんでるわ」


 それはごく最近のことだった。

 昔から、サラはよほどつらいことは話さなかった。

 サラの強がりはわかっていた。


「サラ……俺も信じてるよ。〝聖なる生命の水〟それでお母さんの耳、絶対治るって」

「ありがとう。……あ、そうそう、発つ前にお爺様から『燃料代』ってお金貰ったり、御守りも。そして『煙草はやめなさい。ダイエットにはならんぞ』って言われちゃった。だからもうやめた」

「ははは。……うん。やめてふっくら健康的」

「え? マジ? ふっくら太った?」

「プッ! 嘘。変わらず素敵だよ」


 楽しく話した後、アーロは祖父オールドマンに起きた事を話した。

 不安な表情を浮かべるサラに、彼は真剣な眼差しで言った。

「サラ。俺は君を……絶対に守る」



 陽が落ち、みるみる辺りが暗くなってきた。

 見えてくる星たち。

 アーロは祖父の言葉を夜空に重ねる。

『ヘルポレスお婆婆の水晶が告げた。およそ百三十年の周期のその日、彗星が煌めく。それに呼応するように竜が現れラグーンへ導くのじゃ……』


 蝉やコオロギが一瞬鳴き止んだ……かと思うと二人の前を一匹の蜻蛉トンボが横切った。

 それはあの透き通った――「妖精さん!」

 サラは声を上げ、アーロも立ち上がる。

 それから二匹、三匹と増えてゆく。

 二人のネックレス、胸のセイレイが眩い光を放った。

 アーロはリュックを背負った。

「爺ちゃんの書いた地図はどうやらこの辺までだ。あとは蜻蛉が導く。サラ、行こう! この守護石セイレイが共鳴してる。呼んでるんだ」



 針葉樹がひしめく葛折つづらおりを行く。

 次第に数を増す蜻蛉が二人をいざなう。

 群れは暗く薄ら寒い鍾乳洞へ。

 見ていた鹿たちが突如逃げ出す。

 唸り声……それは熊だ。

 アーロは立ち止まり、咄嗟に護身用の拳銃を手にした。


「アーロ!」

「大丈夫。俺の背に」

 するとしばらくして熊は姿を消した。

「行こう。やはり気配を感じる。熊も逃げるほど怪しい気だ」

「え?」

「俺たちの後を尾けてる。いや、同じようにセイレイに導かれて……。上か下か。得体の知れない何者かが近づいている。だから行こう。早く水を採取して帰るんだ」


 セイレイの力でアーロの感覚は研ぎ澄まされていた。

 足が竦むサラも確かに迫り来る異様な気配を感じ取った。



 闇の洞をくぐり抜けると峡谷。

 切り立った断崖に覗く星の輝き。

 そして駆ける一筋の流れ星。

 その眩い光に照らされて幾千万もの蜻蛉たちは束なり一つになり、やがて巨大な竜の姿を形作った。


 それはシギシギと蠢きながら、アーロとサラの眼前に。

「サ、サラ……見えるかい? こ、これが……これこそが」

「光の竜……美しい……なんて、美しいの……」

 打ち震えるサラ。

 神々しい輝きに思わず手を伸ばし、触れようとした……その時、突然そのサラの右手を捕らえる鞭が!

 サラはそのまま鞭の主の下へ引き摺られた。

「サラァッ!」

 アーロが叫ぶ。

 見上げた洞の出口には一人の男がいた。

 黒いレザーを纏い、銀色の歯で嘲笑う容姿はまさに〝死神〟。


  光り輝く竜を目の当たりにするその男……闇組織ネオ・ナピスの〝ネプチューン〟は言った。

蜻蛉DRAGONFLY……なるほど、これがDRAGONの正体か……」

 ネプチューンの胸元にはオールドマンから奪ったセイレイが輝いている。

 そしてサラの首にかかるセイレイも捥ぎ取り、天にかざした。

「おお……素晴らしいパワーだ。エネルギーが満ち溢れている」と彼が瞬いた時、飛びかかったアーロにネプチューンは殴り飛ばされ、よろめいた。


 アーロはナイフで鞭を切断しサラを抱きかかえ、また後方へ跳んだ。

 ネプチューンは背中からモリのような武器を取り出した。

「……ほぉ。流石はリバ族の血。凄まじい跳躍だな……いや、それもセイレイの力か?」

 アーロはネプチューンを睨みつけながらサラを背中に回す。

 サラは震えながら言った。

「……ありがとう、アーロ」

「俺から離れないで」

「見て、竜が動いてる」



 伝説の竜がラグーンへ向かおうとしている……。


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