第19話 シュガーマウンテン

 サラが出発した日の夜、リバ族の村長オールドマンのところへ一人の男が現れた。

 かつて善人を装い、旅人としてやって来たその長身の男に、オールドマンは確かに見覚えがあった。


『光の竜の話をお伺いしたくて……』

 オールドマンはその内なる邪気を見抜いていた。

『ただのお伽話じゃよ……竜などおらんよ』


 黒いレザーコートを纏い、雷鳴と共に現れたその男ネプチューンはオールドマンを襲った。

 そして彼の胸のセイレイを奪い、闇夜に消え去った……。



 ****



 華の都ロンドロンドから一人、アーロ・ブロンコはチェロキージープで向かっていた。

《爺ちゃんはもう歳なんだから俺に任せなよ。大丈夫だって! 俺だってリバ族の戦士なんだ。爺ちゃんは村を守っててくれよ》



 仲秋の穏やかな山の連なり。

 畝るアスファルトの車道は鉄柵に囲まれた緑の木々が続く。

 窓を開けると澄んだ風が頬に沁み入った。


 アーロはサラより一足早くそこ、シュガーマウンテンに着いた。

 地図とガイドにある通りタイル貼りの鉄筋建造物が見えてくる。

 駐車場に車を停め、アーロは先ず、その入山管理所脇の公衆電話に向かった。


「爺ちゃん! 今、無事に着いた! 」

《おお。よくぞ辿り着いたな。よかった。……一つ、お前に伝えねばならん事がある》

「何だい?」

《ある男に……わしのセイレイを奪われた》

「え?」

《男は……大柄で骨張った顔の、その風貌はまさに死神。不吉じゃ。其奴の真の狙いは光の竜。気をつけるんじゃぞ。サラちゃんをしっかり守れ》



 午後三時。大地に響き渡るハーレーの音。

 外で遠くを見ていたアーロは近づいて来るサラに手を振った。

 彼女は速度を落とし、ゆっくり停車する。

 そして頬に笑みを浮かべ今、ついにそこに降り立った。


「サラ。よく来たね。何事も無かったかい?」

「ええ。あなたは? リバ族の戦士さん」



 それぞれに違う道へ進んだ二人は、二年半ぶりに再会した。

 オールドマンが告げた〝彗星が煌めく〟今日がその約束の日だった。

 電話だけではもどかしく、アーロは早く会いたかった。

 サラは強がっていたが、気持ちは同じだった。


 サングラスを外し、彼女は手を伸ばす。

 二人は握手をして互いの喜びを感じ合った。



 サラも登山服に着替え、二人は空ボトルを入れたリュックを背に、入山管理所に入った。

 ロビーの係りの男は怪訝な表情で見つめた。

「初めてだなあんたら。ここはデートスポットじゃねえぞ」

 百万ニーゼずつ、それぞれに差し出す二人。サラが言う。

「入山料。間違いないかしら?」


 サラは採石場で稼いだそのお金をしっかりトレーに置いた。

 アーロも同じように父の手伝いで貯めた金を。

 係の男は適当な説明をしてペンを渡し、たずねてきた。

「天体観測? ……ほぅ。君はもしやリバ族か?」

 アーロは小さく頷く。

「……それが何か?」

「いや。なんでもない」


 手続きを済ませ、二人が山へ向かうと係の男は受話器を取り、メモの電話番号を押した。

「来ましたよ。あなたの言われる先住民族の男が……」


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