第14話 復讐の末路

 フリーホイールのスーパーマーケットをHONDAステップバンが出て行く。

 午前九時過ぎ、クリシアは食材を調達し家に帰るところだった。

 今夜はブリウスの好きなカレーにしようと腕を振るうつもりで。

 ブリウスから聞かされた話で彼女も気が滅入っていた。

「戸締まりだけはしっかりしておけ」と彼はクリシアとサラを抱きしめた。

 深刻に考え込む夫を、クリシアは元気づけたかった。



 やがて家に着くとガス会社のトラックが止まっていた。

 今日が集金日であることを思い出したクリシアは慌てて車を停め、玄関の方を見る。

 ちょうどチャイムを鳴らそうとしている職員の姿が。

「ごめんなさい、今帰りました……」と駆け寄るクリシア。

 いつもの青年とは違う、その小柄な男は振り向き、ニコッと笑った……。



 ****



 先を急ぐブリウスのトラックは――。

 レイは彼と同じように行く手に注意を払いながらも緊張をほぐそうとする。

 ブリウスとクリシアの顔写真を摘み出すレイ。

 それはダグラスの使いの男〝ホーク〟から渡されたもの。

 ふと、ブリウスに不思議な親近感を覚えるのは何故だろうとレイは鼻をこすった。

「あんたとダグラスどっか似てんだぁ。他人の空似かなぁ」

 だが運転に集中しているブリウスの耳に余計な話は入らなかった。



 ****



 ……震えが止まらない恐怖というものを、クリシアは初めて感じた。

 声も出ない、叫ぶこともできない、手に力も入らない。固い腕に首元を締めつけられ、引き摺られてゆく……。

 キッチンの椅子に、その作業着姿の小柄な男トミーは腰を下ろした。

 クリシアの背中に拳銃を突きつけながら更に強く引き寄せる。


 電話のボタンが赤く点滅している。

 トミーは手を伸ばしボタンを押した。

 その留守番メッセージはブリウスの声。


《クリシア! いないのか?!》

《クリシア、誰が来ても絶対に出るな!》

 差し迫った声が部屋に響き渡った。

 トミーはニヤリと笑い、クリシアの耳元で言った。

「……どうやら勘付いているようだなブリウスは。奴もソサエティのメンバーなのか?」

 助けて……ブリウス――クリシアの頬に涙がつたった。


 冷蔵庫の横、コルクボードに貼ってある家族とジャックの写真に気づくトミー。

「お前らが一緒でめでたい話だ。捜す手間が省けたからな。……幸せそうだなぁあ、綺麗な娘じゃねえか」

 トミーは写真をむしり取った。

「そしてジャック! てめえの兄貴はとんでもねえクソ野郎だった! この俺を騙しやがって!」

 クリシアの口を塞ぎ、トミーは噛みつくように言い放った。

「わかるか? 俺がここへ来たのはてめぇらへの復讐だ! 恨むんならこの兄貴を恨め!」

 そして、

「そう、覚えているか? 十八年前の大震災……その義援金二億ニーゼの寄付。俺は案外お前がやったんじゃないかと思っているんだクリシア……んん? ジャックから預かった金をな」



 フリーホイール一〇四九番地に急停車するランドー・トラフィックの十トントラック。

 ブリウスは降り、レイも続く。

 家の前庭にはクリシアの乗るステップバンとガス会社のトラックが。

 駆けてゆくブリウス。

 レイは血と硝煙の臭いを察知した。

 植木と茂みの脇に倒れている男を発見する。

 レイは彼を抱き起こす。

「ホークでねぇか! ……チッ! トミーの奴」

 ブリウス宅を守備していたソサエティのスナイパー、ホークが胸を撃たれ、られた。



 怪しい空気が張り詰める。

 家の中に入ったブリウスはいきなり撃たれた。


「クリシアーーッ!!」

 ブリウスは叫んだ。

 噴き出る血が白い木造家屋の床を赤く染めた……。



 銃声は三発……最初の一発はトミー・フェラーリがブリウスの腕を狙ったもの。

 二発目も同じく、それは漆喰の壁に。

 そして三発目はレイ・ニードルがトミーを仕留めたものだった。


 沈黙を破った拳銃コルトを懐に仕舞い、レイは歩み寄る。

 額から血を流し、動かなくなったトミーの目蓋を閉じるレイ。

「こうするしかなかっただトミー。許せ……」


 ブリウスは床に倒れているクリシアを片手で抱き上げた。

「大丈夫か? クリシア……おい!」

 気を失っていた彼女は、やがてゆっくり目を開けた。

「すまないクリシア……怪我はないか?」

 涙目のブリウス。しかし彼女は

「……え? ……聞こえない……ブリウス」

 震える手でブリウスの頬を撫でる。

「何も……聞こえないの……」

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