第13話 忍び寄る影

 一九八七年十月、場所はビルナッシュ青果市場。

 朝早く、ブリウスは十トントラックへの積み込み作業をしていた。

 業者で溢れかえる中、フォークリフトで場内を忙しく走り回っていると、ふとカウボーイハットを被った不審な男に気づく。

 何やらトラックの周りをうろつき、探している。

 ブリウスが吠えた。

「あんた離れててくれないか! 危ないから」


 やがて作業を終えトラックの運転席へ向かうと、さっきの男がまた現れた。

「さっきはすまねえ。俺ぁ農夫のレイ・ニードルって者だぁ。あんたがブリウスさんだなや」

「は? ……どうして俺の名を?」

「あんたに忠告があって来ただ」

「忠告?」

「トミー・フェラーリが出所した。はっきり言う。奴はあんたとあんたの奥さんの命を狙ってるだ」



 不穏な日々が続いた。

 トミー・フェラーリは執念深い男だとジャックから聞いていた。

 サラも成長し安定してきた時期に、やはり過去は拭い去れないものなのか――ブリウスは自分を責めた。

 レイ・ニードルは言った。

「ダグラスの組織ソサエティがあんたの住所、職場、トラックのナンバー、運行ルートに至るまで調べただ。トミーの動向はソサエティのメンバーが監視してた」

 ブリウスは目頭を押さえ頭を掻きむしった。



 そして一ヶ月後、レイ・ニードルが再び現れる。

「ブリウスさん、トミーが行方をくらませた。あんたの家が心配だ。乗せてってくんねぇかな」

 鹿のような目で見つめるレイの訴え。

 会社ランドー・トラフィックのトラックのドアには〝便乗お断り〟のステッカー。しかし一刻を争う。


「……わかった。俺はクリシアに電話してくる。乗って待っててくれ」



 フリーホイールへ向かう車内。ブリウスは険しい表情でハンドルを握る。

 クリシアに連絡が取れなかったブリウスは焦った。

 助手席のレイはハーフコートのポケットから缶コーヒーを二本取り出した。

「先ずは落ち着くこった」

 褐色の厳つい手で一本を渡し、レイは言う。

「ソサエティのメンバーがあんたん家を見張ってるはずだ。そいつを信じて……先ずぁ深呼吸せぇ。……ほれ! 危ねえ、運転乱れてっぞぉ」

「あ、すまない。急ハンドルで……」


 コーヒーを啜りながらレイは冷静に話し始めた。

「俺ぁあの時、トミーの頼みでダグラスを追ってたんだぁ」

「……あんたを詮索する気は無いが、トミー・フェラーリとどんな関係が?」

 レイはトミーとの過去とダグラスとの事、トミーと話した内容を手短かに明かした。


「……で、俺は心を改めた。自分の命と他人の命について考えただ。ソサエティのメンバーになる気はねえがダグラスへの恩は忘れねぇ。そして、トミーは間違ってる」

「あんたのような人間をよく知ってる……」

「血生臭ぇ過去は消し去りてえ。でもそれができねぇんだ」

「……俺も、悲惨な過去は葬りたい」


 ブリウスはそう息を吐いた。レイはコーヒーを飲み干した。

「トミーは昔の仲間の探偵に頼み、あんたらの居場所を掴んだだ」

 前方の事故渋滞にブリウスは苛立った。

「大丈夫だぁ、トミーにそんな真似はさせねえ。も一度説得してみっからぁ」

 煙草を咥え手元を探るブリウスに、レイはライターを。


「ところでブリウスさん。あんたダグラスのことは?」

「え? いや、ジャックから名前だけは聞いてた。会ったことはない。俺はソサエティのメンバーじゃないから」

「全く、知らねえのけ?」

「ジャックが慕っていた地下組織ソサエティのリーダー、ダグラス・ステイヤー。いい人なんだろ? 面倒見がいいよな……この俺の事まで」

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