第11話 トミー・フェラーリ

 ディケイド刑務所。

 一九八七年その日、一人の男が出所した。

 その名はトミー・フェラーリ。

 ジャックが奪った金を追い続けた男。

 十八年間の獄中生活。彼はある一つの思いを支えに生きてきた。


 待ち焦がれた娑婆の空気をその醜悪な鷲鼻で思いきり吸い込む。

 そしてしばらく歩き、自販機で煙草を買いバス停近くのベンチに座った。

 顔をしかめてスパスパやってると、一人のカウボーイハットの男が通りを渡って近付き、隣りに座った。

 その田舎臭い男はハットをとり手を挙げ挨拶してきた。


「やあ、トミー」

「お、お前はっ! レ、レイ! レイじゃねえかあ!」

「んだ。久す振りだなぁトミー」

「生きていたかレイ・ニードル! 手紙の一つもよこさねえで。何なんだ? こんな所で……まさか俺が出てくると」

「そうだ。覚えてただ。今日おめえが出てくるってな」


 レイの雰囲気は昔とだいぶ変わっていた。

 それをじぃっと見つめた後、トミーは煙草を投げ捨てた。

「レイ。きっとダグラスの事は何もわからなかったんだろ?」

「んだ。わからねえ」

 それは嘘だった。トミーはドカッと背もたれる。

「まぁいいさ。それでお前今何やってんだ?」

「俺ぁもうカタギだ。今は野菜作って売ってる」

「はあ? ふ、ふざけんな、野菜だとぉ?」

「ああ。もう血の臭いはうんざりだ。もういい」


 黒ずくめのトミーは、デニムシャツにジーンズ姿のレイをしらけた目で眺めて、カ〜〜ッ ペッと地面に痰を吐いた。

「変わっちまったな……あれから十八年かあ。フン! 元々お前は田舎者カッペだからな」


 今度はレイが訊く。

「ウォルチタウアーはどうすただ?」

「ああ。あいつはムショでリンチされて頭ヤラれて今じゃ廃人。死んだも同然だ」

 トミーはまた煙草に火を着ける。静かに見つめるレイ。

「んで、おめえこれからどうすんだ?」

「おー! それよ! まあ、この記事見てみろや」と言ってトミーは懐からクシャクシャの新聞の切り抜きを取り出した。

「ん? 何だべそりゃ」

「あの時……俺とウォルチタウアーが捕まった後、エルドランド東部で大地震が起きた。その義援金に二億出した奴がいる。この金はきっとだ。ダグラスの仕業よ」


 レイは記事をよく読んだ。支援者は不明とある。

「証拠はあんのけ?」

「俺の勘だが間違いねえさ! だいたいタイミングが良過ぎるじゃねえか、俺らに見せしめみてえによ! 二億なんてそうそう出せるもんじゃねえ」

 レイは記事を返した。

「奴ら〝ソサエティ〟はそんなふうに義賊気取りで俺らの邪魔をしてきたんだよ! 全く、バカにしやがって!」

「で……何考えてんだ? またダグラス捜すのけ?」

「いや。不可能だろう。俺にゃあもう、横の繋がりなんて無くなった。お前もアテにならねえし」

 トミーはプハーッと煙を吐く。

「だがなレイ」

「ん?」

「ジャックは死んだが……奴の相棒だったブリウスって野郎だ。せめてそいつを殺らなきゃ気が済まん」

「何だってぇ?」

「ジャックの仲間は同罪だ! 俺をこんな目に合わせやがって! あいつが現れなきゃこんな事には! そうさ復讐リベンジだレイ。その執念だけで生きてきた。そう、ジャックの妹もな。これから奴らを見つけ出し、跪かせ、鉛の弾丸をブチ込んでやる!」


 エキサイトな早口で、トミーはレイに詰め寄った。

「おいまた一緒に組もうぜレイ! 本当はそうしたくてここに来たんだろうが! なあレイ〝マーダー・ジャンキー〟ニードルよ!」



 ……レイ・ニードルはダグラスに屈従するつもりは毛頭なかったが、恩義を忘れるつもりも毛頭なかった。

 あの時、完治するまで彼と過ごした。

 氷のような性格のレイに、ダグラスは温かく接してくれた。

 静かに頷きながら話を聞いてくれた。

 そんな人間に出会ったのは初めてだった。

 ダグラスは去り際に二つ、レイに言った。


「……トミー・フェラーリは狂気じみた男だ。出所した後何をするのかわからん。改心しているかどうか……。それと困った事があったらいつでもプリテンディアの地下街へ来い。では、またな……」



 レイはトミーに大根の種の入った袋を渡す。

「一緒に野菜作らねぇか? トミー」

「はぁあ?」

 沈黙がおりた。

 レイはハットを被り、ベンチから立ち上がる。

 トミーに別れを告げ、 やって来たバスに乗り込んだ。

 ――トミーよ。おめえやっぱ何も変わっちゃいねえだな……。



 遠ざかるレイを冷ややかに見つめた後、トミーは種の袋をギリギリと踏み潰した。

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