第9話 パグ犬・タネン

 一週間後。

 それからというもの、悪たれタネンがずっと学校を休んでいた。

 風邪だというが、サラに負けて出てこれないんだとみんな彼を笑った。

 確かに平和だったが、さすがにサラは気がかりだった。



 その日の夕方、タネンの家。

 チャイムが鳴る。タネンの母親がドアを開けるとそこに立っていたのは、

「こんばんは……」

 それはアーロだった。

 ノート数冊と何かが入った紙袋を母親に渡し、去ろうとする。

「ちょっと待って」と母親が呼び止める前に二階からタネンが降りてきた。

 のしのしと、パジャマ姿で。右の頬には大きな絆創膏。

 彼は腫れぼったい虚ろな目のしかめっ面で言った。

「あがれ」



 二階の部屋。

 入ると、風邪菌が漂う臭いをアーロは感じた。

 タネンはアーロを椅子に座らせ、自分はベッドにドカッと横たわると、単刀直入に訊いた。

「てめえらデキてんのか?」

「え?」

「え じゃねえよ。てめえとサラだよ。デキてんか?」

「そんなんじゃない」

 ジトッと目を細めて見るタネン。

 だが無表情なアーロに飽きて彼はプィッと天井に目を反らした。

「チッ! ……で、何しに来た。あ?」


 アーロはノートを広げ、見せた。

 紙袋の中身は黒い液体の入った小瓶。

「何だそりゃ」

 咳払いしながらタネンは横目で探る。

「君が休んでいる間の授業の内容。とりあえず五教科まとめてある」

「……ぁんだってえ?」


 タネンは手を伸ばし、見てみる。

 それはとても綺麗な字で整理され、丁寧にわかり易く書き記してあった。

 国語も数学も……。タネンは言葉に詰まった。

「もうすぐテストだし」

 そう言ってアーロは小瓶も渡す。

「これ、俺の爺ちゃんが作った漢方。飲み薬だ。体が温まる」

 鹿のような瞳でアーロは微笑んだ。

 もうそこでタネンの感情は一気に高ぶった。


「て、てめえってヤツぁあ!」

 ガバッと起き上がり、タネンはアーロを真っ向から抱きしめた。

「な、なんてヤツなんだお前は……俺は、お前を嫌ってあんだけ殴り飛ばしたのに!」

 彼はわんわん泣き始めた。

 風邪を移されては困るとアーロは呟きながらタネンの肩をポンポン叩いた。

「爺ちゃんの教えだ。〝汝の敵をも愛せよ〟と」

 感極まったタネンは涙も鼻汁も垂れ流し、詫びた。

「お、お……俺が卑怯だった……許してくれ、すまねえ」

「早く良くなってくれ。じゃないと、俺も決着がつけられない」と、アーロは笑って肩を叩いた。



 サラはついに果物を買ってタネンのお見舞いに行くことにした。

 家を訪ねると、帰るアーロに出くわした。

 その横でブルドッグ・タネンがパグ犬のように目をウルウルさせて喜んでいた。



 それからアーロとタネンは仲良しになった。

 タネンは少しだけ人に優しくなった。

 アーロは明るくなり人気者になった。

 サラはそれが嬉しかった。

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