第5話 ジョーに捧げる歌
ジョーに捧げる歌
誰の目にも空は赤く映り
砂時計は落とした砂さえ残していない
次元を超えた天体の広がりも今はない
虚構を引き摺り歩く愚者のカードを引いた
陰鬱な影が通りを抜け 砦の産湯を覆い隠す
だけどジョー
あなたは今でも私の瞳の中に生きているんだ
歴史の答えを練り歩く殉教者の列
背信と策略の王が銃を突きつける
万有引力は確かに私の血も肉も骨も
構わず奪い去ってくれるだろう
月夜に道化があなたの仮面を剥ぎ取りに来る
待ち侘びた健気な夜の精が耳元で囁く
ジョー 無事を祈ってる
あなたは今でも私の瞳の中に生きているから
アカの汚名を着せられたデヴィッド・メリル
彼は友を売らない 偉大なる名誉のため
ウィリアム・H・ボニーは粗野だが
彼も決して仲間を裏切らない
癒しの鉄弦が全宇宙に波紋を投げる
困惑の欠片も見せないもの、それはあの地平線
ジョー、聞こえるかい?
あなたは今でも私の瞳の中に生きているんだ
ヘラクレスのように勇猛なあなたの幻影
私は限りなく子供で
しかも疲れてしまっている
逃避と絶望で織り重ねられた絨毯の上を歩く
するとあなたがそっと私に寄り添う
閃く神の手 救世主よ、とてもさりげなく
ジョー あなたは優しき巡礼者
ジョー 遥か旅の向こう、あなたに会いに行く
空に願う 私はあなたに会いに行く
……アンコールに何度も応えたボビィ。
彼、R.J.ソロー〝OUT OF HERE ツアー1981〟の最終幕は惜しみない拍手で閉じられた。
楽屋に迎えられるブリウス家族。
握手と抱擁で今の無事を確かめ合う。
ボビィはR.J.ソローとしてもはや神がかっていてブリウスは少し距離を感じたが、瞳の奥は二十年前のボビィのままだった。
三十分ほど話した後、最後にボビィはサラにギターでさよならを歌った。
「また会おう〜 君に会うために〜 僕はそこを目指すのだ〜〜」
その眼差しはどこまでも優しかった。
ブリウスは感無量だった。
胸に沁み胸に突き刺さる素晴らしいステージだった。
帰り道の車内、ボビィの歌を熱唱しては泣き熱唱しては泣いた。
ライセンスのことを想い、感謝した。
そして家に辿り着き、クリシアとサラの笑顔を確かめた。
****
《〝たとえ零落の方向にあっても寂しさの釣り出しにあってはならない〟……友とミツハル・カネコに学んだことだ。諸悪の根源は寂しさ、心の貧しさだと》
《ブリウスよ。全て失ったと思ってもまだ失うものが残されているという。お前は父親として外で精いっぱい闘ってる姿を見せればいい。それでいいんだ……》
ライセンスが死んだ。
心臓を患い六十五歳で息を引き取った。
彼の幾つもの言葉を思い出しながらブリウスは今その墓石に花を置いた。
――ライセンス。あんたも俺の瞳の中に生き続ける。そう、はるか道を行ったところでまた会おう。また会えるんだ……。
マリーゴールドの黄色い花びらがか弱く飛ばされてゆく。
無常の風が吹き抜けた。
同じ一九八一年の冬には飼っていた老猫トムの死。
凍てつく朝、裏庭の片隅でひっそりと。
冷たく動かなくなったトムを見て、サラは泣きじゃくった。
その悲しみは深く深く胸に刻まれた。
サラはこの日とこの事を決して忘れないと誓った……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます