第3話 ブリウスとライセンス
《通知表! 英語、美術、体育ほとんどAよ! 驚いちゃって》
「ほー! スーパーガールだなサラは! やっぱお前に似たんだな」
ブリウスは出先の公衆電話でクリシアと話してる。
「パパは鼻がシラノだって伝えといてな」
《え? ……何それ》
「誇らしいって意味さ」
《わかったわ》
「……あともう一箇所行くからちょっと遅くなる」
受話器を置き、さてとトラックに乗る。
ブリウスはその日の仕事は終えていた。
もう一箇所というのはある〝友〟の所。
三十分ほど走り、その門の前にゆっくり車を止めた。
窓から顔を出し、待ち構えている男に挨拶する。
「すみません。駐車場どこです?」
厳つい顔をした守衛が近づく。
「なんだ? あんた……搬入か?」
「いえ、面会です。友人に会いに」
そこはあの忘れ難き〝デスプリンス刑務所〟。
ブリウスは十年振りに、ここへ来た。
友人〝ライセンス〟に会いに。
……看守の高い足音が、その扉の前で止まった。
中の男は本に目を向けたまま、応じた。
「……何か?」
「お前さんに面会だ」
本を閉じ、耳を澄ますライセンス。
「クラスメートのブリウス・プディングだとよ」
「……え?」
面会室。
ブリウスは椅子に腰掛け、テーブルに手を置き、仕切りの向こうを見る。
ここ――よくクリシアが来てくれたっけと、あの時の自分をしばらく見つめた。
今ではもう遠い……封じ込めた過去。
忌まわしくとも、大切に仕舞っているものもある。
心底深く一つ息を吐くと、向こうのドアが静かに開いた。
「おお! ブリウス! 本当か、本当に来てくれたんだな!」
透明な仕切りの向こう、ライセンスの長身がそびえ立った。
「ああ。俺だよ。元気だったかい?」
ライセンスは大きく手を広げ近づいてきた。
「変わらないさ。おお……お前さん、少し肉がついたか?」
「ハハ……うん。お陰様でね」
隆々とした肩も胸も、岩のような頬肉も随分落ちていた。
眼光鋭く見つめる目も憂いを帯び、しわがれた声が物悲しかった。
歳相応にな……と笑いながらライセンスはようやく椅子に腰掛けた。
「便りをありがとうなブリウス」
ブリウスは日常を明るく話した。
仕事のこと町のこと、家族のこと。
感じた出来事を。
「手紙に必ず書いてある。サラちゃんのことが。会ってみたいものだな」
「やんちゃだけどな。でもどこまでも可愛いよ、子供ってのは」
「忙しそうだが、それも華だ」
「……誰か、来てくれるのかい?」
「この前ジョーが来てくれた。彼女も一緒に」
痩せた頬に細かい皺を作り、ライセンスは嬉しそうに語った。
「へえ! リリィさんがジョーさんを追って……うわあドラマチック!」
「うむ。奴はまだ迷っているが……ストーン・サンダースの力でジョーには特赦が出たというのに、奴は真面目過ぎる。だが、ジョーの頭には彼女のことしかないから、きっと大丈夫だ」
「……とにかくよかった。あんたジョーさんの話をいつも自分の事のように話すのな」
「そ、そうか?」
「うん。だから俺も嬉しいよ」
看守が時間の合図をした。
ライセンスが手を挙げ、頭を垂れる。
「ブリウスよ。何か話があったんじゃないのか?」
「え?」
「話してゆけ。俺にしか話せない事もあるだろう。時間がない」
少し考え、噤んだ口を緩めると、ブリウスは身を寄せた。
「この幸せがいつまで続くのか……時々不安になる」
俯くブリウスをライセンスは見つめた。
「皆、不安は消えない。そもそも闇に産み落とされた。地獄は
「……不幸が当たり前だったから。失うのが怖いんだ」
「幸せを感じるのは一瞬。だが去ってはまたやって来るもの。思い悩むのはお前が誠実だからこそだ。それでいい。お前のその輝く瞳で、家族をしっかり見つめてゆけ 」
ブリウスは目頭を押さえ、ただ頷いた。
憂えるライセンスの目を見つめ、訊いてみる。
「……あの時、『死ぬべき場所はここではない』と。でもあんた今では頑なに……」
ライセンスは前に訪ねて来た弁護士の顔を思い出し、目尻に皺を寄せた。
「お前がよこしてくれた彼には俺の物語を聞かせただけだ。もう、俺はここでいい」
「ウィリアム・スタンス。それがあんたの名だ」
「その名もとっくに捨てたよ」
そう言って笑ってみせた。
「ブリウス。俺はこの残りの人生で、殺した人間たちの命の数を数えている。彼らの死んだ命の向こう側を考え悩んで生きてゆく。それを死ぬまで背負ってゆくんだ」
……外は雨が降っていた。
ブリウスはジャンパーを頭まで被り、走ってトラックに乗り込んだ。
エンジンをかけ、エアコンでガラスの曇りを消す。
しばらく塔を見つめた後、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
――また来るよライセンス……。
ライセンスは目を閉じ、遠ざかるトラックの音を心で聞いていた。
そして彼の前途を案じ、願った。
――語り合える友よ。お前は俺にとって救済だった。
ブリウスよ……生き抜け。
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