愛を形に(皇帝の逆位置)

「下僕よ!」

「びっくりした……背後から声かけないでくれる?」

「我の呼び出しを無視するとは、良い度胸であるな……!」

「集中してたから気が付かなかっただけじゃない! ご用件をどうぞ!」


 毎度のことではあるので、無駄な抵抗はせず簡潔に用件を聞こうとする私の態度に、不服そうに顔をしかめる王様こと『皇帝』の逆位置は、一枚の紙を私に突き出してきた。見ると、その紙には想い人への贈り物特集が書かれており、いくつかに丸印がつけてある。


「察するに、この丸印がついた中から女王様に贈るにふさわしいものは何かを考えろと?」

「下僕にしてはやるではないか」

「お言葉ですが王様、私はこの中のどれもふさわしくないと思います」


 彼の妻である、女王様こと『女帝』の逆位置への愛が強い彼にとって、女王様への貢物は最優先事項。故に暴君王の唯一の弱点でもある。最近ではほんの少しの仕返しのような感覚で、日頃の彼に対する鬱憤晴らしに活用している。


「何……?」

「前から言おうと思ってたんだけど……王様っていつも既製品しか贈らないよね。それもいいと思うんだけど、たまには王様が一から作った手作りのものを贈るのもいいと思うんだよね」

「手作りだと?」

「そう、王様の愛を形にするには、既製品よりも手作りのものの方が伝わりやすいと思うの。それにその方が、女王様にとっても新鮮味があっていいんじゃないかなって」


 王様は普段、私に女王様が欲しがっているものを聞き出すよう命令し、聞いた内容通りのものを贈る。だがそれだけでは面白みがないため、たまには違う形で伝えるのも良いのではないかと思っていた。実際、女王様にそれとなく聞いてみたところ、彼女はこんなことを言っていた。


「あの人の手作りですって? なかなかに愉快そうじゃない、あの不器用男が私にどんなものを作るのか……見ものだわ」


 女王様も楽しみにしているというと、王様は一気にやる気が出たようで、早速何を作るか考え始めた。そこで私は、試しにクッキーを作ってみるのはどうかと提案した。


「クッキーなら、手軽に食べられるし、女王様の手を煩わせるようなこともないでしょう?」

「そうか! 使者共、材料を用意しろ!」

「何言ってるの、材料も含めて王様一人で用意しないと意味がないじゃない」

「それは猛点であったな……でかしたぞ下僕!」


 後日、特別に味見をさせてくれるという王様の部屋に向かうと、形こそ歪だが、中々美味しいクッキーが出来上がっていた。ラッピングも王様が一人奮闘し、珍しく自分で渡しに行くという。


「気が向いたらでいい、食べてくれ……」

「あら、ちょうど何か欲しいと思っていたところだわ。あなたにしては気が利くじゃないの」

「そうか……それなら良かった」


 女王様に褒められ、嬉しそうな彼を見て、私は一つ肩の荷が下りたのだった。

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