最低なプロポーズ(女帝の逆位置)
「そう言えば、あの二人の馴れ初めって聞いたことないかもしれない……」
恋愛小説を読んでいた私は、ふと思ったことがあった。それは、カード上で夫婦になっている『女帝』と『皇帝』の、正位置夫婦の馴れ初めしか聞いたことがないということである。仲睦まじい正位置夫婦と比べ、逆位置夫婦はどこかすれ違っているような気がしてならない。とは言っても不仲というわけではなく、夫である『皇帝』の逆位置さんの女王様に対する愛が強すぎて、空回りすることが多いだけだが。
「そんな下らない思い付きで、わざわざ私に聞きに来たというの?」
思い切って聞きに来た私に対し、女王様は心底どうでもよさそうに言った。やっぱり彼女にとってはどうでもいいことかと諦めて帰ろうとすると、彼女が言葉を続けた。
「たまには思い出を振り返るのも悪くないわ、話してあげる。光栄に思いなさい」
「え、聞いてもいいの……? ありがたき幸せです」
「やっとまともな礼儀が身についてきたわね、その頑張りに免じて聞かせてあげるわ」
そう言って彼女は、二人の馴れ初めを話してくれた。以下、彼女から聞いた話。
妹と同様、私も政略結婚だった。物心ついた時からそうなる覚悟はしていたし、今更抵抗したって無意味はことはわかっていたから、何とも思わなかったわ。相手の写真を見せられた時も、まったく興味がわかなかったし、一生愛情なんて芽生えないとさえ思っていたわね。
初めての顔合わせの時、約束の時間になっても彼は現れなかった。自分の妻となる相手を前に、遅刻するなんてその時点であり得ないし、私よりも前に来ていないことにもかなり腹が立ったわ。でも、その時は何故かもう少しだけ待ってやろうと思ったの。ただの気まぐれよ。
「遅れてすまない……!」
そう言ってやってきた彼を見て、私は驚いたの。だって傷だらけだったんだもの。服も所々破れているし……何より驚いたのは全身ずぶ濡れだった事ね。そのせいで髪もぐちゃぐちゃ、表情なんて見えやしなかったわ。人を待たせた挙句こんな最低な格好で来るなんて、幻滅以外の何物でもなかった。待っていた自分が馬鹿らしいとさえ思って、そのまま帰ろうと思ったとき、彼が言ったの。
「こんな情けない格好で、君に会うなんて失礼なのは重々承知している。待たせた挙句こんなにもひどい格好で、きっと幻滅もしているだろう。……ここに来る途中、君に似合いそうな指輪を見つけて、これを渡そうと急いでいたらうっかり足を滑らせて噴水の中に落としてしまったんだ」
その落とした指輪を見つけるために、彼は自ら噴水の中に入って一生懸命探していたんですって。聞いて呆れるわよね、噴水の中に飛び込む国王なんて聞いたことある?
やっとの思いで見つけて、走ってたら水で滑って何度も転んで……もう私は帰っているかもしれないとは思ってたみたいだけど、それでも彼は走ったそうよ。
「こんな情けない格好で君に会っても、喜んでくれないだろうとは思っていた……だが私の思いだけはどうしても伝えたくて。初めて君を見た時、私は心の底から君に尽くしたいと思った。君が望むものはなんだって手に入れる、君がそばにいてくれるのならこの上ない幸せだとも。それだけでも、伝えたかった……」
どんなにいい言葉でも、そんな情けない格好で言われたら全く響かなかった。何を言っても無駄だとさえ思った。
でも……そんな彼を見て、面白いとも思った。見るからに何をしてもうまくこなせなさそうな彼の今後を、まじかで見るのも悪くないんじゃないかって思ったの。どうせ決められた結婚なら、少しでも楽しめる方がいいじゃない。
「そんな格好で言われても、何も伝わらないわ。そんなに私をそばに置きたいなら、行動で示しなさい」
そう言ってあげたら、子犬みたいに目をキラキラさせてその場で飛び上がったの。それを見ておかしくてその場で大笑いしてしまったわ。こんなにもどうしようもないくらいにくだらなくて、退屈させない人が私の夫になるなんて……面白くないはずがないもの。
「え、じゃあもしかしてだけど……偶に置いてある名無しのプレゼントの送り主が、弟さんだって言うのも気付いてる?」
「この私に対して名無しで贈り物をする無礼者なんて、あの人しかいないじゃないの。最も彼なりに何か考えあっての事だろうけど」
「そこまでわかってて何も言わない女王様も女王様だけどね……」
「あら、気付いてるって言ったら面白くなくなるじゃないの。楽しみは長引かせるに限るものよ?」
そう高らかに笑う女王様は、心底幸せそうでこの二人なりの愛でつながっているんだなと安心するのであった。
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