確かにそこにあったもの(塔の逆位置)
過去は跡地であり、そこに何かを構成させることは出来ない。
外は雨、何と無く憂鬱な気持ちになりながらも、彼と一緒に遊ぼうと部屋を訪れた私は、彼にと思って用意しておいた折り紙を渡し、一緒に遊んでいた。手先があまり器用ではない彼だが、それなりに楽しんでいるのが伝わってくる。折り紙に集中しながら、彼は思い出したかのような顔をして、私に声をかけてきた。
「主は、過去に戻れるなら戻る?」
「ううん、戻らないよ」
彼からの質問に、私は即答で答えた。驚いて手が止まった彼に笑いかけながら、次の手順を教えつつ、私はその理由を話し始めた。
「私思うの、過去は通り道ではあるけれど跡地でもあるって」
「……跡地?」
「そう、跡地。未来にだったらいろんなものを作ったり置いたりできるけど、過去にはそれが出来ないでしょう? 過去に作ったものならあるけど、そこに新たに置くことは出来ない……振り返っても見えるだけで触れることも手を加えることもできないから、確認するために見るならいいけど、戻りたいとは思わないかな」
人は時々、過去に戻りたがる。それはきっと、過去に感じていた成功や楽しさの余韻に浸りたいと思ったり、悔いが残っているから。中には、過去をなかったことにしたいと思う人もいるだろう。
しかし、どうあがいても過去に戻ることは出来ない。過去は結果であって、過程ではない。振り返って見直すことは出来ても、そこに上書きをすることは出来ない。新たに作りたいのなら、未来に作るしかないのだから。
「過去を変えるなら、私は未来を変えるかな。いずれ未来も過去になる時が来るし、跡地になっても問題がないくらい充実したものを作れれば、戻りたいなんて思わないから。それにね、振り返らなくたって、大事なことは全部覚えてる。今この場にないものも、そこにあったってことは、ちゃんと覚えているよ」
「……僕のことも?」
「もちろんよ、この先だって覚えている自信があるわ。過去に貴方が私にしてくれたことも、すべて覚えているんだから」
そう言うと、彼はほっとしたような顔をし、また折り紙に集中し始めた。もしかすると、何か見えていたのかもしれないと思った私は、それとなく聞いてみた。
「何か、みえたの?」
「……過去には、人の思いがこびりついてる。時々忘れられたんじゃないかって不安になるから、過去から出てくるんだ。そうすると、人は過去にとらわれてしまって、未来を見るのが怖くなるんだよ。主もそうならいやだなって思ったんだ」
「そっか……私も時々、過去を悔やむことはあるけど、まあいいかってくらいに成長出来たらいいなって思う。それも私の人生の一つだよねって、受け入れられるように進めるようにしたいし、そのきっかけをくれた過去を否定するようなことはしたくないから。過去を不安にさせない為にも、過去を生かせる人間になりたいよね」
そういう私に、彼はそうだねと、やっと嬉しそうに微笑んでくれるのだった。
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