不幸中の幸い(隠者の逆位置)

 自分にとって不幸な事が起こっても、その中にせめてもの救いがあると、人は物事を良い方向に捉えようとする。そうする事で少し前向きに考えられたり、次に進むための原動力になったりする。

 然しながら、その救いにすがりつき、何も変わらないままの人もいる。前回も救いがあったから、今回も大丈夫と慢心した結果、取り返しのつかない事が起こってしまう事もある。


「孫よ、何故人はこうも同じ事ばかりを繰り返していくのじゃろうな」

「うん、そのセリフ逆じいちゃんにも言いたいんだけど、何回落とし穴を作れば気が済むのかな?」

「ひっひっひ……わしの唯一の楽しみを取ろうというのかね? 毎回同じように落ちてくれる孫の反応は格別じゃからのう」


 心底おかしそうに笑いながらも、手を差し伸べひっぱりあげてくれる、逆じいちゃんこと『隠者』の逆位置は、毎回のごとく悪趣味な事をしている。

 それにはまってしまう私も私だと思うが、常日頃から落とし穴があると思って歩いているわけではないと言い訳をしたい。


「なんだかんだ言いながらも助けてくれるから、いいんだけどね」

「……孫よ、それは本心で言うておるのか?」

「え?」

「やれやれ、若い者には少し難題であったかの……仕方あるまい」


 突然の彼の言葉に固まっている私をよそに、彼はゆっくりと縁側に腰掛け、隣に座るように促した。戸惑いながらも隣に腰かけると同時に、これからまた長い長い話を聞かされるのだろうなと覚悟をした。


「わしが単に好き好んで毎回のように、孫を穴に落としていると思うておるのか?」

「それ以外の何物でもないと思っていましたが?」

「悲しいのう、わしがそんなに意地悪に見えるのか……」

「冗談だよ、何か意味があってやっているんだろうなとは思ってる。でもどんな意味があるのかはまだ分からないかな」


 彼の行動には、必ず何かしらの理由があるというのは何となく想像はついていた。彼は実際に行動で私に教えを説いてくれるからだ。

 然し、具体的な内容まではまだ気づけていなかった。出会った当初と比べると鋭くはなったとは思うが、まだまだこの老人にはかなわないらしい。


「成長はしているようじゃの、では答え合わせをしてやろう」


 そう言ってから、逆じいちゃんは話を続ける。以下彼の話。


 孫は無意識に、わしがいつも落とし穴を作り、落ちてもわしが必ず助けてくれると思うておるが、そうでなかったときのことを考えておらんようじゃな。最も、わざとわしがわかりやすいよう、他の者が好んではせんようなことをしておるから、今後もわしくらいしかせんじゃろうがの。

 しかしの、自分の身に起こった事柄に対し、その中に無意識に救いを求めておるようではいかん。もしもわしではない何者かが、孫を陥れようと作った穴だとしたら、もっと深い穴である可能性もある。それこそ誰も立ち入らないような場所かもしれん。そうなれば、毎回のようにわしが助け出すこともできぬやもしれぬ。

 一度起こった事柄というのは、形を変えて再び起こる事もある。その時に、前回あった救いが今回もあると思うて挑むようでは、前回よりも壮絶な思いをすることにもなる。大切なのは、救いを探すことではなく、何故その事柄が起こったのか、どうすれば回避できたのかを考え、次に生かすことじゃ。

 誰しもが不幸になりたいと思うておるわけではないじゃろうが、様々な要因によって引き起こされてしまうことは避けられん。ならばその中でも遭遇する頻度を減らすために行動を起こすくらいはしておくほうが良いとわしは思うのじゃ。


 逆じいちゃんはそう言い、ぬるくなってしまった昆布茶をずずっとすする。やっぱり彼の行動には重要な意味があったんだと安堵しつつ、その意味を見抜けなかった自分の力不足に不甲斐なさを感じていた。繰り返しても、自分が意識を変えない限り、現状は何も変えられない。自分で自分の首を絞めているんだと、気付いた時には取り返しのつかないところまで来ている可能性もある。そこまで追い詰められないと、気付くことが出来ないのかと思うと、情けないなと思ってしまうのであった。


「……孫よ、そなたはこれからを生きる者じゃ。わしらは気付くのが遅かったが、そなたならば変えられるやもしれん。わしに、その可能性を持たせておくれ」


 逆じいちゃんの優しい言葉に、私はあふれそうになった涙をぐっとこらえ、返事の代わりに力強く天に向かって拳を振り上げるのであった。

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