お気に入りの気配(戦車の逆位置)

「主〜」

「わ……急に何?」


 背後から突然抱き着かれると、心臓が縮み上がりそうになってしまうのは、私だけではないと思う。そんな私とは裏腹に、車戦さんこと『戦車』の逆位置は、相変わらずふわふわした態度で、私の背中にピッタリとくっついて離れない。出会った頃はこのような事をしなかったというのに、突然どうしたのだろうか。


「ねえ、車戦さん……私の背中に何かあるの?」

「んー? どーしてー?」

「だって、前までこんなことしてこなかったじゃない。何かあるのかなって……」

「んー……主の背中にねーたまに黒い影みたいなのが出てるんだー」

「黒い影?」


 彼が言うには、時々私の背中から黒い影のようなものが溢れ出している事があるらしく、その影にくっつくと暖かみと悲しみが入り交じった感覚が伝わってくるのだという。それが彼にとっては居心地が良いらしく、このようにくっついているらしい。


「主の一部って感じがするしー安心するんだよねー」

「私ってそんな黒い影みたいなのが頻繁に出てるんだ……何か怖いな」

「怖いないよーだって主の一部だからー……黒い影だからって怖いわけじゃないんだよー? 色に惑わされちゃだめだよー」

「そうよね、明るい色に目を奪われがちだけど、暗い色だって綺麗なものはあるし……私もその影見てみたいな」

「そー考える方が楽しーよ? 主の影は夜みたいな暗いけど優しい色をしてるからー大丈夫だよー」

「そう、なら良かった。私ね、基盤色となる黒が好きだから、自分からも同じ色が出てるんだって思うとちょっと安心する。誰かを優しく包んであげられるような、そんな暖かい影になったらいいな」


 彼にしか見えない、彼のお気に入りの気配。それは私が心の底から求める理想の姿が現れているのかもしれない。誰かを優しく包み込み、傷付いた心を暖められるような、そんな存在になりたいと願う私の理想像。


「なれるよー主の影何時も優しく笑ってるからー」

「車戦さん、影に言っておいて。もっとあなたが安心して過ごせるように頑張るから、応援しててねって」

「うんー分かったよー」


 普段頼りなさげな彼だが、この時は少しだけたくましくみえたのであった。

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