聡明なピエロ(法王の逆位置)

 彼の話す話は、全て偽り。それは分かっていたが、その理由までは考えたことがなかった。


「ねえ主、どうして僕が嘘を使うと思う?」

「……え?」

「主とは長い付き合いだし、そろそろ打ち明けてもいいかなって思ってるんだけど……先に聞いておこうと思ってね?」


 彼の嘘話に適当に耳を傾けていたある日。彼からの唐突な問いに、私は戸惑いを隠せないでいた。先程まで、悠々と嘘話をしていたとは思えないほどの、真剣な態度に圧巻されそうになりつつ、私は質問の意味を考えていた。


「……嘘が、好きだからって意味ではないわよね。本当のあなたは、もっと頭が良いはずだもの」

「僕のことそんな風に評価してくれているんだね、嬉しいよ!」

「……真実に、トラウマがあるから?」


 私の解答に、彼は少しだけ残念そうな表情を浮かべる。お手上げだという仕草をする私に、彼はおかしそうに笑った。


「主はさ、噂話とか好き? 噂話の殆どは、根拠がなくて話の出処も曖昧なものだから、君の場合そこまで重要視していないと思うけど……」

「好きかと聞かれれば、好きではないわね。その噂話の出処には興味はあるけど……」

「やっぱり君は変わってるね、噂話の中身じゃなく出処を知りたがるなんて……流石だよ」

「火のないところに煙は立たぬっていうけど、実際は関係性のない所から根拠の無い話ばかり溢れて来てるし……火種はどこで出来てもおかしくないと思うんだよね」


 実際、状況をよく知らない人が好き勝手に発言したことが、望まない結果をもたらし、結果として全く関係性の無い人や物が悪く言われてしまうことだってある。それはあってはならない事だと私は思う。

 そんな私の話を聞き、彼は頷きながら理由を話してくれた。


「君と少し似てる所があるかもしれないけど……僕は君の推測通りわざと嘘を使っている。その理由は一つ、正しい嘘の使い方を皆に知って欲しいからだよ」

「正しい嘘の使い方……?」

「僕個人の考え方ではあるけど、嘘って言うのは人を楽しませたりする為のものだと思うんだ。何気ない日々にほんの少しの悪戯を加えることで、少しでも気持ちが緩んだり和んだりするような瞬間を作ることが出来る……それが嘘なんじゃないかと思うんだよね」


 彼はそう言って肩をすくめた。現代において、嘘は人を傷付けたり、悲しませたりしている。それは彼にとって耐え難い事で、少しでも傷付く人が少なくなるように、わざと嘘を使い続けているのだという。

 

「人ってさ、真面目な言葉で話しても、なかなか聞いてくれなかったりするけど、少し抜けていたり面白いと感じてくれるとちゃんと話を聞いてくれるんだよね。その為なら僕はピエロにだってなれるよ、その方が割に合ってるかもしれないしね!」

「……本来の、あなたはもう見られないの?」

「……いいや、主が本来の僕を知ってくれていればそれでいいんだ。そうすれば帰れる場所を思い出せる……君が僕の砦だよ」


 人間の為に本来の自分の姿をも捨てる彼の強い覚悟と、聡明な彼が下した悲しい結論に、私は暫く涙が止まらなくなってしまうのだった。

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