小さな怪獣の勇気(塔の逆位置)

 彼は自分を嫌う、それは今まで経験してきた事が蓄積された結果だと言うことは分かっていた。


「タワーちゃん、いる?」

「……主、あいつじゃなくて僕に用があるの?」

「そうだよ。正位置さんを呼ぶ時はタワーさん、貴方を呼ぶ時はタワーちゃん……でしょ?」

「うん……どうしたの?」


 タワーちゃんこと『塔』の逆位置は、自分が呼ばれた事に心底驚いているようだった。それはきっと自分が呼ばれることなんてないと思い込んでいるからだろう。彼はとことん自分を忌み嫌い、全てにおいて疑いをかけてくる。それを分かっているからこそ、彼に伝えたい事があった。


「じゃーん!」

「……絵本?」

「そう、私が作ったの。イラスト苦手だからめちゃくちゃ下手くそだけどね……」

「……これ、僕に?」

「うん、私が読み聞かせしてあげるから、聞いてくれる?」


 この日私が持ってきたのは、お手製の絵本。お世辞にも上手いとは言えない出来ではあるが、気に入ってくれるといいなと思い、徹夜で作ったものだ。

 

 今から大昔のお話。あるところに、自分の事が大嫌いで、いつも泣いている小さな怪獣がいた。他の怪獣たちよりも、とてもとても小さい彼は、何時もその事で馬鹿にされ、邪魔者扱い。


『ほらほら邪魔だよ!』


 道を歩けば追い越され、踏んづけられそうになる。順番に並んでも割り込まれ、臆病な彼はただじっと耐えるしかできない。そんな自分の事が嫌で嫌で仕方が無くて、それでもどうしようもなくて毎日泣いて過ごしていた。


『どうして僕は生きているんだろう、どうして僕はこんなにも無力なんだろう』


 彼の声に応えるものはいない。話を聞いてくれるものも、励ましてくれるものもいない。寂しくて苦しくて仕方がない。

 そんなある日、怪獣たちの世界で大きな大きな地震が起こった。怪獣たちは我先にと逃げ出し、小さな怪獣も後に続いて逃げ出した。


『大変だ! 子供たちが取り残されている!』


 地震が収まりほっとしたのも束の間、子供の怪獣たちが逃げ遅れて取り残されているらしい。早く助けにいかないと!

 見に行くと、小さな穴に子供の怪獣たちが沢山いた。みんな怖くて怖くて、穴から抜け出せないらしい。


『助けに来たぞ! 出ておいで!』


 大きな怪獣たちが声をかけても、声にびっくりした子供たちは怖がるばかり。小さな穴に手を入れて助けようにも、小さすぎて入らない。


『困ったな、このままだと助けられない』


 大きな怪獣たちが悩んでいる中、小さな怪獣は勇気を振り絞り、穴の中に声を掛けた。


『怖かったよね、もう大丈夫。僕が助けてあげるよ、こっちへおいで?』


 小さな怪獣の優しい声に、子供たちは少し安心して、穴に顔を近付けた。全員無事なことを確認し、小さな穴に手を伸ばす。


『ほら、手が届いた。もう大丈夫だからね、一緒に帰ろう』


 小さな怪獣の手に掴まり、子供たちは穴から次々と出てくる。その様子に大きな怪獣たちは歓喜し、小さな怪獣を褒め称え、今までの事を謝り、これからは支え合っていこうと言った。


『僕にも、出来ることがあったんだ』


 小さな怪獣は、この日から少しだけ自分を好きになった。気が付けば小さな怪獣の周りには沢山の友達が出来ていたし、子供たちの人気者になっていた。もうひとりじゃない、そう思うだけで幸せを感じるのだった。


「……おしまい」


 読み終えた私は、そっと絵本を閉じる。黙って聞いていた彼は、小さく拍手をしてくれた。


「この話、タワーちゃんを題材にしたんだよ」

「……え?」

「貴方は自分の持ち合わせる意味を嫌っている。同時に人からも勘違いされて嫌われる事もある。だから自分を忌み嫌う気持ちは凄くわかる」

「……」

「でもね、貴方がいるから分かることがある。大切なものを失った時の気持ちが分かるから、その人を励ますことが出来る。全て更地に戻ったのなら、そこからまた始めようと呼び掛けることが出来る……それは貴方にしか出来ない。私は誰が何と言おうと貴方をこの先も否定しないし、大事に思う。それは今の貴方がいる限り、変わらないよ?」


 勘違いされ、否定され、拒絶されてばかり……そんな自分も、周りも嫌いになって、それでも存在し続けている事に嫌気がさしていた彼。そんな彼に、自分の持ち合わせる本当の意味を知って欲しかった。もう少しだけ自分を好きでいて欲しいと、そんな思いから作った。


「……僕は、いてもいいの?」

「当たり前じゃない、居てくれなくちゃ困るもの。カードさん達は私の家族、誰一人欠けてはいけない。みんな大事に思っているよ」


 私の言葉に彼は泣き崩れ、落ち着くまでずっと抱き締めていた。小さくて暖かい、優しい温もり……どうかこれからも冷めませんように。

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