あくまで友達(悪魔の逆位置)

「おはようございます、主様」


 その習慣は、私が気付かないうちに始まっていたようだ。やけによく会うなとは思っていたが、まさかそれが彼のモーニングルーティーンになっていたとは、思いもしなかった。


「あ、おはよう……」

「おや、如何なさいましたか。兄さん不足という事でしたら、こちらを」

「断じて違うから!」


 彼のこういう所は、全く変わっていないので別の意味で安心だ。色々と考えると疲れるので、自分のモーニングルーティーンを始めようと、冷蔵庫を開ける。ドリンクホルダーには、キンキンに冷えたトマト缶ジュースが入っていて、朝からグッと飲んで一日を始めるのが習慣だ。早速と思い、口を近付け飲もうとした。


「成程……人間の皆様はそのようにして血液を補充なさっているのですね」


 彼の突然の発言に、思わず吹き出しそうになった。寸前のところで飲み込んだが、器官に入ってしまったようで、しばらくゴホゴホとむせる羽目になった。

 突然何を言い出すんだこの狂弟はと、心の中で大いにツッコミを入れたものの、当の本人は真剣なのか真顔のままなので、本気でそう思っているらしい。


「ちょっと待って、それ本気で言っているの?」

「と、申しますと?」

「人間の体内に流れる血液が、トマトジュースだと思っているのかって事よ! 確かにどっちも赤いけど、これはトマトジュースであって血液そのものではないし! そのまま体内に流れているわけじゃないからね?」


 まだ器官にトマトジュースが残っていたらしく、言い終わると同時に再びむせる私に、彼は一瞬キョトンとした様子で私を見てから、真顔のまま言った。


「ええ、承知しております。まさかとは思いますが主様……ご自身の体内にトマトジュースが流れていると本気で……?」

「そんな訳ないでしょ! 学校でもそんな事習わなかったわよ!」

「それは安心致しました。我が主であり尚且つ兄さんの主でもあられる方が! そのような頭の持ち主とあれば、ちょうきょ……いえ、教育のしなおしが必要ではないかと心配になりましたよ」

「少なくとも貴方に調教されたいとは思わないし、それなりの勉学は学ばせて貰ってるからご心配なく! そもそも貴方が言い出したんじゃない……」

「おや、私は冗談のつもりで申したのですが……おかしいですね。あちら側では大ウケすると、兄さんが言っていたのですが……どうも人間の皆様は頭がかたいようだ」


 彼曰く、これはあちら側……つまり彼等の世界における冗談の一つで、真顔で言うのがポイントなのだという。何とも悪趣味なことをするものだと思いつつ、突然このような一面を見せてきた彼の行動に、疑問を抱いた。何が目的なのだろうか。


「どうして急にそんな事を言い出したの?」

「特に深い意味がある訳ではありませんが、強いて言うなら友達というものを作ってみたいと思いましてね。兄さんに相談をしたところ、様々な方法を教わりましたので、主様でじっけ……実践したまでのことです」

「さりげなく実験しようとしていたのはもうわかったから。あちら側には友達はいないの?」

「必要性を感じなかったので、そのような特定の方はいません。ただそこにいるだけの存在ですから」


 物心ついた時から、兄に対する尊敬心が異常なまでに強かった彼にとって、兄以外の存在などまるで眼中に無かったのだろう。人間は良しとしても、同類の友達がいない彼を、少しだけ不憫に思った。


「そっか、でも今は必要性を感じてきたんだね。ちょっと嬉しいな」

「何故主様が喜ばしく思われるのですか?」

「貴方が少しでも、人に対して関心を持つようになってくれたのが嬉しいの。デビちゃんと過ごす時間も大事にして欲しいけど、もっと多くの人と関わりを持って楽しんで欲しいと思っていたから」

「……理解不能です、何故関係性の無い貴女が喜ばしく思うのか。それも友達が出来れば理解できるようになりますか?」

「そうだね、友達が出来ればきっと分かるようになるよ!」

「成程……では主様、私の友達になっていただけますよねありがとうございます」


 相変わらず拒否権は与えられていない事は分かっていたが、言われずとも了承するつもりであった私は、呆れつつも頷いた。こうして私は、彼の主兼友達として、彼に接するようになったのであった。

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