不鮮明聖線(死神の逆位置)

「うわぁ……いっぱい絡まってる」


 一度糸が絡まると、解くのはなかなか難しい。堅結びにでもなれば最後、切ってしまった方が早いときもある。

 趣味の一環でやっている手芸において、糸の絡まりは避けて通れないものだ。気を付けていても、いつの間にか絡まってしまう。

 久しぶりに何か作ろうと、糸を取り出したはいいものの、前回使用時の収納の仕方が甘かったのか、かなり酷く糸が絡まってしまった。

 切るのももったいないので、根気よく向き合っていると、元気な声が聞こえてきた。


「やっほ~主! ただいま! 何してるの~?」

「お帰りなさい、死神くん。手は洗った?」

「ばっちりだよ! うがいもアルコール消毒もちゃんとしたよ! 偉い?」

「とっても偉いわ、さすがね」


 仕事を終えた死神くんが帰還したようだ。出迎え雑談をした後、また作業に取り掛かる。


「糸、絡まったの?」

「そうなの、前に使った時にちゃんと直さなかったから、こんなになっちゃって……」

「ボクもやりたい! 手伝ってもいい?」

「いいの? ありがとう!」


 死神くんに絡まった糸の束を渡すと、嬉しそうにしながら慣れた手つきで解いていった。

 彼は手先がとても器用で、本人も細かい作業をするのが好きらしい。慣れた手つきで糸を解くその姿は可憐だ。


「死神くんって本当に器用だね」

「えへへ……やりたいなって思ったことはとことんやるからね! いつの間にか身についているんだよ!」

「確かに……死神くんはひとつのことにかなり熱心にしてるものね。感心だなぁ……」


 彼は一度ハマると、自分の身に完全に身につくまでやり続ける。彼の中では時期などお構いなし、確実に極めるまでやり続ける。

 そんな彼だが、仕事においてもそのスキルを活かしていると、兄であるしー君から聞いたことがあった。

 ところが、本人はあまりよく思っていないようで、本人の前でその話をすると拗ねてやめてしまうらしい。


「それにしても……解くのうまいね! もうできたの?」

「うん! ボクにとっては日常だからね、こんなの簡単だよ! それに楽しいからずっとできるよ!」

「え、死神くんって日常的に糸を解いているの……?」


 私からの質問に、死神くんはきょとんとした顔のまま頷く。詳細を聞くに、仕事の一環で糸を解く作業があるようで、毎日やっていることもあり糸を解くのが得意になったということだった。

 しかし、彼の取り扱う糸は、手芸糸のようなものとは異なり、もっと複雑なもののようだ。


「ボクが扱っているのはね、不鮮明聖線っていう糸なんだ!」

「不鮮明聖線……?」

「きっと主は聞いたことないよね、ボクらの世界でしか存在しない糸だから当然だよ! この糸は誰とも繋がりが無くなってしまった迷い糸なんだ。自分が本来繋がるべきところが分からなくなって、手当たり次第に絡まってしまった糸のことを言うんだよ!」


 死神くんによれば、その糸は特徴が無くわかりにくいため、先ず解くのに苦労する。糸をたどっても絡まっている糸と同じような色をしている為、識別できない。やっと見つけたと思いきや、今度はその糸がどこに繋がっていたのかを調べる必要があり、そこでも特徴が分かりにくい為に解析に時間がかかる……とのことだった。

 聞くだけでもかなり困難な内容であるということはわかる。それを当然のようにこなすことができる死神くんは、やはりすごいなと思った。


「この不鮮明聖線ってね、人間から出たものなんだよ」

「人から……?」

「そうだよ、人間から出た……必要としなくなった繋がりの線だよ。挙げればきりがないけど、一番代表的なのは子供かな……」


 その一言ですべてを察した。この世に生まれられなかったものが繋がっていた、聖線。不鮮明なのは形が作られる前だったから……?

 悲しい気持ちでいっぱいになった私に、死神くんは大人の表情で言う。


「人間が決めたことなのにね」


 生命を管理する彼らよりも、その生命を使っている人間の方が余程恐ろしい存在なのだと、再認識した。

 また、聖線は生きている人間からも出てくるらしく、人間が無意識に切り離したものが絡まりあっているらしい。

 ふとした時にあの人のことを思い出す、なんてことがたまにあるが、それは彼らによって繋ぎなおされたからなのかもしれない。

 無意識に切り離してしまった、聖線を。

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