ボクが残業をしない理由(死神兄弟)
「何故、呼ばれたか分かっているな?」
部屋には重苦しい空気が漂っている。部屋の主であるしー君こと『死神』の正位置は、沈黙を破って静かに口を開いた。
「分かるわけないじゃん! 何? 早く言ってよねー、ボクタワーと遊ぶ約束してるんだけど!」
そんな兄とは反対に、弟である死神くんこと『死神』の逆位置は、呼ばれた理由に見当もついていない様子だった。
それどころか、突然の呼び出しに苛立ちを覚えているようにも見える。
「遊ぶのは構わない。ただ、いつも言っているが仕事を放り出して帰ることをやめろと注意しているだけだ。何度言っても聞かないから、こうして直接話をだな・・・…」
「だーかーらー! これいつも言ってるけど、ボクはやることやって帰ってるんだってば! 兄貴みたいに残業しなくてもいいようにやってるのー! もしかして残業してるのが偉いって言いたいの? もしそうならボクには理解できないね!」
彼らは死神であるため、死神としての仕事があるようだ。主な仕事内容は、書類の整理だそうで、生前の情報などをまとめたりするのが多いのだとか。
毎日膨大な書類を処理しなければならず、勤務時間までに終わらせるには相当の根気がいるようだ。
そんな状況下の中、死神くんは毎日定時になると颯爽と帰宅をしている。同じ仕事を担う兄が仕事をしているというのに、死神くんだけが先に帰ってしまうらしい。
この状況から察するに、サボりを疑ってしまうのも無理はないのだろう。もしサボっているのであれば、同業者として、何より兄として注意しなければいけないという思いが、しー君にはあるのだった。
「そうは言っていないだろう。ただ、帰るのが早いからサボっているのではと思ってな。後から助けを求められても、助けられないぞ?」
「あのね、こう言ったら兄貴に失礼だとは思うけど……兄貴が仕事終わらせるのが遅いだけだと思うよ?」
兄の心配をよそに、弟は完全にあきれた顔で言った。
「さっきも言ったけど、ボクはやることやってから帰ってるの。だからサボってもいないし、早く帰っている訳でもない。仕事を終わらせたから帰ってるの。それが悪いの? 残業してるのが当たり前みたいな節があるけどさ、大間違いだからね? 仕事は定時まで、定時になったらそこからはプライベートな時間なんだから。ボクは仕事を終わらせて、プライベートの時間で遊んでいるんだよ? 何も悪いことしてないじゃん!」
弟に言い負かされ、固まる兄をよそに、死神くんは不機嫌そうに部屋を出て行った。残された兄は、呆然としたまま、ある人物を部屋に呼んだ。
「……それで、なんで私なの?」
「兄としての威厳が……打ち砕かれたんだ。少しで良い……慰めてくれ」
「ああもう分かったからそんな暗い顔しないの! ただでさえ暗い部屋なのに、さらに空気悪くなっちゃうでしょ?」
突然しー君からの呼び出しを受け、話を聞き終えた私は、彼を慰めながらこんなことを思い出していた。
前に死神くんに、残業をしない理由を尋ねたとき、彼はこう言ったのだ。
「ボクは仕事よりも、主とお喋りしたりタワーと遊んだり……兄貴をからかったりする方が楽しいからね! 仕事に追われてたら、楽しむ余裕がなくなっちゃうし、そんなのいやだもん! 余裕は自分で作るものでしょう? 兄貴みたいに、仕事熱心すぎると周りが見えなくなるからね。だからボクが先に帰って、それが間違いだって気づかせてあげたいんだ! これ、兄貴には内緒だからね?」
お互いが、お互いを心配しているだけに、空回りをしているのだろう。つくづく兄弟とは、似ているようで違うのだなと、痛感する私だった。
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